横田英史の読書コーナー
増補新版 霊柩車の誕生
井上章一、朝日文庫
2013.5.27 12:00 am
霊柩車の歴史を扱ったマニアックな書だが、中身はきわめてまじめ。霊柩車の誕生や変遷に始まり、葬送などの日本風俗史にまで言及する。難点は内容が古いこと。初版は1984年だが、内容はもっと古びた感じだ。とくに写真が粗く汚いのは残念である。文庫化にあわせて加筆し、昔懐かしい宮型がなくなり、洋型が主流になった背景を解説している。確かに装飾をほどこした霊柩車はとんと見なくなり、黒塗りの地味なタイプが主流になっているのは確か。全体に不思議な雰囲気をもった珍書といえる。
筆者は三つの視点から執筆したことを巻頭で明らかにしている。霊柩車はいつごろどこで使用されるようになったのか、どのような経緯と背景のもとに生み出されたのか、なぜあのようなデザインの車になったのか、である。このなかで興味を引かれるのは、宮型霊柩車の特異なデザインの話だろう。筆者は「平安宮型二方破風標準仕上げ」や「神宮寺型四方破風総黄金造り」といった数々の霊柩車の外観とともに内部を写真で紹介する。写真を見るだけでも結構楽しい。このほか、台数の推移や外装の値段などのデータもなかなか興味深い。
霊柩車誕生と葬送(葬列)の関係も面白い。葬送は明治時代に、世間に見栄を張るための儀式で、派手さを増していった。ところが大人数で長時間にわたって道路を占拠するため、モータリゼーションの興隆と相容れなくなった。大正時代に葬列は、デモ行進なみの扱いになってしまった。こうした状況から生まれたのが霊柩車という。珍しい話がてんこ盛りなので、暇つぶしにお薦めできる書である。
書籍情報
増補新版 霊柩車の誕生
井上章一、朝日文庫、p.288、¥756
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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