横田英史の読書コーナー
流星ひとつ
沢木耕太郎、新潮社
2013.10.22 12:00 am
すごい本である。電車で読んでいて鳥肌が立ってしまった。本書は、1979年に引退を発表した藤圭子に、筆者・沢木耕太郎がホテル・ニューオータニで行ったロング・インタビューを基に構成したノンフィクション。地の文が存在せず、藤圭子と沢木の会話だけで構成されている。二人の言葉のやりとりが実に素晴らしいし、子供時代、両親、流しの時代、デビュー、前川清との結婚・離婚、そして引退と、藤圭子という女性の実像をあますところなく描き出している。当時、藤は28歳、沢木は31歳。28歳の藤の人間性に驚かされる。評者は藤の歌をリアルタイムで聞いているが、その人となりを完全に誤解していたことを本書を読んで初めて知った。こんなに思慮深く、賢明でピュアだったというのは驚きである。藤を知る方も知らない方も読んで損はない。
沢木は藤の了解を得ていた本書の出版を、いったん蔵入りにした。藤があまりにプライベートな話を率直に語っており、関係者への影響を慮ったからである。ジャーナリストとして、この決断はすごい。同業者として、沢木の葛藤は想像するに余りある。しかしこの8月に藤が自殺。娘の宇多田ヒカルが病んだ母親の姿しか見ていないことを知り、母親の実像を伝えるために緊急出版を決意する。本書を読むと、沢木の気持ちが十分理解できる。
書籍情報
流星ひとつ
沢木耕太郎、新潮社、p.323、¥1,575
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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