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横田英史の読書コーナー

自殺のない社会へ~経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ~

有斐閣、澤田康幸、上田路子、松林哲也

2013.11.29  12:00 am

 日本では毎年約3万人が自殺で亡くなる。1997年以降、年間3万人を超え続け、2012年にようやく3万人は切った状態だ。男性の自殺率はOECD加盟国で3番目、女性は2番目に多い。本書は、こうした状況を解決するにはどういった政治的・経済的政策を打てばよいのかを、調査データに基づき論じた書。画期的な結論を導いている訳ではないが、定量的な数字を押さえているので説得力に富む。今年の日経・経済図書賞を受賞したのも理解できる。多くの方に知ってもらいたい自殺の実態と政策の問題点を明らかにした良書である。
 本書はまず、自殺の与える社会的な影響について考察する。遺族だけではなく、鉄道の遅延などの社会的な損失、著名人の自殺がさらなる自殺につながる問題などを明らかにしている。次に論じるのが、自殺と経済的要因との関係である。日本の自殺率は他の国と比べて所得格差や景気後退、失業率による影響が大きく、とりわけ所得格差との相関が特に高いという。
 このほか自然災害や政治イデオロギーと自殺との関係を明らかにする。前者では、死者数が自殺率を増加させるのは、大規模な自然災害に限定される。しかも災害が発生した年の自殺率には影響を与えず、1年後、2年後に高まる傾向がある。これは災害の発生直後には地域住民の社会的つながりが一時的の高まり、社会的孤立が薄まることに原因があると推測する。後者については、左派政党ほと自殺率が減少する傾向がある。
 最後に筆者は、公共事業や失業対策、生活保護といった政策と自殺率の関係を検証する。公共事業や失業対策が65歳未満の男性、生活保護が65歳以上の自殺率の減少につながることを明らかにする。政策の有効性が明確な自殺対策だが、問題は十分な手当がなされていないこと。死亡者数が6分の1以下の交通事故に対する安全対策事業費(2980億円)に比べ、予算は20分の1以下の130億円に過ぎないという。

書籍情報

自殺のない社会へ~経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ~
有斐閣、澤田康幸、上田路子、松林哲也、p.238、¥2,415

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。