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横田英史の読書コーナー

指導者とは

リチャード・ニクソン著、徳岡孝夫・訳、文春学藝ライブラリー

2014.3.10  12:00 am

 ニクソンという政治家を見直した。本書の紹介に「20世紀最高の『リーダー論』、ついに復刊!」とあるが、読み終わると納得できる。ニクソンといえばウォーターゲート事件がすぐに思い浮かぶ。どうも悪役のイメージが強い。しかし本書で登場するニクソンは、会談を重ねた首脳たちと当意即妙なやりとりを行うと同時に、その人物を冷静に分析する教養にあふれた政治家である。視野の広さと文章の明晰さには驚かされる。ニクソンは本書で、指導者がいかに出来事を作ったかの背景を追うとともに、彼らがどれだけ常人と異なるか、彼らの間でもいかに違っているか、彼らに力を振るわせた性格、いかに権力を振るったかを紹介する。切り口は鮮やかである。元毎日新聞記者の徳岡の翻訳も優れており、緊張感のある評伝に仕上がっている。秀抜なリーダー論であり、多くの方に読んでほしい1冊である。
 ニクソンは経営力と指導力は別物だと主張する。経営者は今日と明日を考える。指導者は明日の一歩先を考えねければならない。経営者はプロセスを扱うが、指導者は歴史の針路を扱う。だから、経営する客体を失った経営者は無に等しいが、指導者は権力を失っても人々を惹きつける。腑に落ちる指摘である。
 本書でニクソンは、チャーチル、ド・ゴール、マッカーサー、吉田茂、アデナウアー、フルシチョフ、周恩来を俎上に上げる。いずれ劣らぬ魅力的な人物たちである。直接会い、話し合い、緊張感の中で腹を探りあった同士にしか分からない部分に踏み込む。それが本書の価値を高めている。一番バッターはウィンストン・チャーチル。肝っ玉、直感、決断力の観点からチャーチルの魅力を描き出す。チャーチルは、時代の危機を処理する能力と性格、勇気をもつのは自分一人だと信じ、その信念は正しかったとニクソンは断じる。
 ちなみに本書で最も魅力的に描かれているのはフルシチョフだ。ド・ゴールやマッカーサーの評伝も素晴らしいが、それに優っている。猛烈なユーモアのセンス、知的柔軟さ、粘り強い目的意識、権力へのあくなき意志において、フルシチョフに匹敵するものは1人もいないとお墨付きを与える。時に応じてフルシチョフが吐く名句、絶妙の言葉の応酬は、おそらく全盛期のチャーチルでなければ張り合えなかったと評価する。権力を追われた後のフルシチョフにも言及し、その人物像を余すとこなく描く。

書籍情報

指導者とは
リチャード・ニクソン著、徳岡孝夫・訳、文春学藝ライブラリー、p.473、¥1,743

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。