横田英史の読書コーナー
考証要集~秘伝! NHK時代考証資料~
大森洋平、文春文庫
2014.5.1 5:27 pm
NHK の時代考証の虎の巻である。筆者は NHK ドラマ番組部シニアディレクター。実際に番組の時代考証業務に当たっているだけに説得力がある。へ~っと驚くような「時代考証的に間違い」が満載な上に、番組制作上のエピソードを豊富に織り込んでおり、最初から最後まで楽しく読める。ちなみに時代考証の対象は時代劇だけではなく、戦前・戦中劇はおろか、東京五輪のころまでを含んでいるという。確かに、評者の子供の頃と現在の生活環境の違いの大きさを考えると、納得がいく話だ。ウンチクを語りたい方や、歴史好きにお薦めの1冊である。
本書は辞書方式で、一つひとつの語句について五十音順に解説を加えている。たとえば「あ」の項目。「『~であります』は陸軍の語法。海軍でうっかり使うとしかられる」。「アメリカンコーヒーは
、第二次世界大戦中の米国で物資節約のために編み出された飲み方。戦前のドラマで登場するのは間違い」といった具合である。「桜田門外の変」の解説も意外だ。井伊大老襲撃の際に水戸浪士が使用した拳銃は六連発の西洋拳銃(リボルバー)。尊皇攘夷だからリボリバーなどを使わないだろうというのは、後世の勝手な思い込み。にもかかわらず時代劇の桜田門外の変では、依然として和式の短筒や西洋単発銃が登場しがちだと筆者は嘆く。
「そう言えばそうだ」という指摘もある。たとえば「立ち上げる」。これはパソコン用語で、90年代前半から次第に使われ始め、Windows95によって一気に広まった。それ以前には一切使われていないと筆者は断言する。脚本には登場しないが、役者がアドリブでつい喋ってしまい、時代考証を台無しにしたこともあるという。鍋料理の話も面白い。皆で鍋を囲んでつつきあう食べ方は、江戸時代では下衆の極みとされていた。大鍋の汁は必ず各自の椀によそってから、大皿に盛った料理も仲居が各自の皿にきちんと取り分けて食べた。
書籍情報
考証要集~秘伝! NHK時代考証資料~
大森洋平、文春文庫、p.327、¥670