横田英史の読書コーナー
ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー
熊谷徹、日経BP社
2014.9.2 10:36 am
EU諸国で一人勝ちの感があるドイツ。そのドイツの経済成長の礎を築いたのが、労働コストの削減を達成し、「ドイツ中興の祖」ともいえるゲアハルト・シュレーダーである。元NHK記者の筆者はシューレーダー改革「アゲンダ2010」を詳細に紹介・分析し、ドイツの強さの裏側に迫っている。日本の今後を考える上でのヒントにあふれる良書で、多くの方にお薦めしたい。
シュレーダーは毀誉褒貶が激しい人物だ。首相の座に就き改革を成し遂げたものの、社会民主党(SPD)内の反対や国民の反発によって選挙で大敗の憂き目に遭う。実質的に追放され政界を引退したが、すぐさま首相時代に培った関係を利用してロシア系外国企業の重役に天下る。自分の利益をまっしぐらに追求するのだ。こうしたシュレーダーに対し、筆者は貧困から這い上がった成功者の強烈なエゴを感じると評する。
「アゲンダ2010」は、シュレーダーが2003年3月にドイツ連邦議会で行われた演説に端を発する。演説では、雇用市場と失業保険制度の改革、公的年金制度の改革、公的健康保険制度の改革、賃金協定の柔軟化、減税を掲げた。実を結んだのは10年後のメリケルの時代になってからだ。そのメルケルはシュレーダーについてこう語る。「改革のための扉を勇気と判断力をもって開き、様々な抵抗にもかかわらずこの改革を実行したことを個人的に感謝したい」と。
この改革について、ドイツで賛否両論がある。労働コストの削減は10年後に実を結び、現在のドイツの強さにつながった。一方で、「所得格差を拡大し、ワーキングプアの問題を深刻化させた」という批判も根強い。確かに社会保障サービスや健康保険制度に大ナタを振るうと同時に、労働コストの安い非正規雇用を拡大したためにワーキングプアー問題が深刻化した。ハンディキャップを抱える弱者の生活水準を引き下げた。もっとも、アゲンダ2010を実行した後で比較しても、ドイツの社会保障の水準は日本よりも高く、所得格差は日本よりも小さいという。
書籍情報
ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー
熊谷徹、日経BP社、p.264、¥1836