横田英史の読書コーナー
寄生虫なき病
モイセズ・ベラスケス=マノフ著、赤根洋子・訳、文藝春秋
2014.9.22 12:48 pm
驚くのはカバー写真である。アメリカ鉤虫と呼ぶ寄生虫の拡大写真で、「なんじゃこりゃ」と思わざるをえないほどオドロオドロしい。カバーをかけずに電車で読むのが憚られるほどだ。内容もカバーに負けず劣らずインパクトがある。先進国は清潔になる過程で、太古の昔から共存していた細菌やウイルス、寄生虫を駆除してしまった。このために体内でのバランス(エコシステム)が崩れを、花粉症や喘息、アレルギー、自己免疫疾患、クローン病、多発性硬化症などの増大を招いたというのが筆者の仮説である。この仮説の妥当性を、筆者は数多くの取材をこなし、最新の知見を紹介することで検証する。500ページを超える大著だが、刺激的な内容なので気にならない。現代文明のあり方を考える上で読んで損はない1冊である。
冒頭は自己免疫疾患を患う著者が、アメリカ鉤虫(こうちゅう)に感染するためにメキシコで治療(?)を受ける場面から始まる。料金は1回2300ドルで、20匹の寄生虫を体内に取り込むことができる。自らら行った人体実験の状況とその後の体調の変化を、筆者は克明に記録する。体がムズムズするような話が多いが、軽妙な筆致にぐいぐい引き込まれて読み進んでしまう。
本書を読んで感じるのは、生態系における多様性の重要さである。筆者は、感染症が減少するにつれて免疫関連疾患が増えていることをデータに基づいて明らかにする。人間の免疫系は微生物や寄生虫、ウイルスがウヨウヨいる環境に立ち向かうために進化してきた。例えば寄生虫は人間の免疫制御回路を整えている。ところが人間は良かれと思い、微生物や寄生虫を駆逐することに力を入れた。立ち向かうはずだった刺激に満ちた環境に出会えなくなった結果、免疫系が混乱しているのが現在の状況だという。
免疫関連疾患以外にも、寄生者と自閉症やウツ、ガンとの関係についても言及しており、それぞれ興味深く読める。ちなみに胃潰瘍や胃がんの原因とされるピロリ菌が、感染症への予防効果が高いという意外な効用をもつことも本書は明らかにしている。
書籍情報
寄生虫なき病
モイセズ・ベラスケス=マノフ著、赤根洋子・訳、文藝春秋、p.507、¥2376