Electronics Information Service

組込みシステム技術者向け
オンライン・マガジン

MENU

横田英史の読書コーナー

じゅうぶん豊かで、貧しい社会~理念なき資本主義の末路~

ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子・訳、筑摩書房

2014.12.9  10:56 am

 雇用不安や所得格差を生み出し、強欲・嫉妬・羨望・モラルの低下を助長する現在の資本主義を痛烈に批判した書。本書の主張は「足るを知る」だ。理想主義に過ぎる部分もあるが、歴史を踏まえ広い視野で展開する主張はしごく真っ当で共感できる。万人向けではないが、「今の社会はどこか変、間違っているのでは」と感じられている方にお薦めである。英国社会と言論界の奥深さも感じさせてくれる。ちなみに二人の筆者は親子で、ケインズ研究の世界的権威である。

 ケインズは、経済成長や技術の進歩によって富の創造という任務が終われば資本主義は消滅すると考えていた。技術の進歩によって、単位労働時間当たりの生産量は増えるので、人々がニーズを満たすために働かなければならない時間は次第に減る。結局、ほとんど働くなくてよく、文明的な生活を享受できるようになると予想した。しかし現実は異なった。資本主義は富の創出に関しては成果を収めたが、とどまることを知らない欲望の膨張を生んだ。ケインズが想定した足るを知る感覚をもたらさず、暴走を許したというのが筆者の見立てである。

 筆者は良い暮らしを形成する、健康、安定、友情、余暇、自然との調和など7つの基本価値を挙げる。しかし資本主義における成長の飽くなき追求は、基本的価値の実現にとって、よからぬ影響を及ぼしかねないと警告する。基本的価値は本質的にお金に換えられないが、市場価値の最大化を目的とする経済は、取引可能な代替物に置き換えようとする。例えば自分らしさや個性といったものが広告の謳い文句になり、ありきたりの商品を買うことが「自己表現」なってしまう。余暇自体も効率化の対象になり、これに取り憑かれたスポーツ、ゲーム、ナイトクラブ産業は最小限の時間で最大限の享楽を詰め込もうと躍起になる。何とも耳の痛い指摘である。

書籍情報

じゅうぶん豊かで、貧しい社会~理念なき資本主義の末路~

ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー著、村井章子・訳、筑摩書房、p.352、¥3024

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。