横田英史の読書コーナー
ジョナサン・アイブ
リーアンダー・ケイニ―、関美和・訳、日経BP社
2015.2.13 10:30 am
絶頂期にある米Apple社を支えるデザイナー、ジョナサン・アイブの評伝。現在のAppleがデザイン重視なのは言を待たない。アイブは今やデザインだけではなくプロダクト全般の責任者で、スティーブ・ジョブズ亡き後、カリスマ的存在になっているのは間違いない。本書は、情報が少なく素顔が見えなかったアイブのデザイナー人生を詳細に追っている。シンプルさを最優先に考える「ものづくり哲学」がよく分かる内容なので、Apple好きだけではなくITや工業デザインに興味のある方にお薦めの書である。
いまや向かうところ敵なしの状態なので、当然のごとく全編にわたって礼賛が並ぶ。ただし本書で持ち上げられている特性は、Apple社が変調をきたすと「アイブを叩くための道具」にもなり得るところが少なくない。こうした観点から本書を読むのも悪くない。本書の特徴の一つは“見て”楽しいところ。iPodやiPhone、iMacといった定番だけではなく、日本のゼブラのためにデザインしたペンのスケッチ、デザイナ駆け出しのころに作った電話のモックアップ、事業的には大失敗のNewton(2代目NewtonはアイブのAppleでの初大仕事)、20周年記念のMacintoshなどの写真を収録する。
デザインの考え方で、米国と英国に大きな差があるという指摘は興味深い。米国のデザイナーは産業界が欲しがるものを与えることが仕事だが、英国は手作りや自家製をありがたがり、アドリブや実験的なものを許容する文化があるという。こうした英国の環境で教育を受けたアイブには、エンジニアを望むものを排除する能力や無視する能力が備わった。エンジニアリングの制約にしたがって筐体の大きさを決め、デザイナーは筐体に「皮をかぶせる」だけだったApple社の開発プロセスを、アイブは180度変えた。「エンジニアは今可能なことしか考えないが、工業デザイナーは明日や未来に何が起こるかを思い描く」という指摘は、元エンジニアの評者には耳が痛い。子しかApple社の製品を見ると、なるほどと頷かざるを得ない。
書籍情報
ジョナサン・アイブ
リーアンダー・ケイニ―、関美和・訳、日経BP社、p.400、¥1944