横田英史の読書コーナー
日本語の科学が世界を変える
松尾義之、筑摩選書
2015.4.17 1:13 pm
母国語で研究を行える日本の科学者がいかに恵まれているかを説いた書。日本語には科学を自由自在に理解し創造するための用語・概念・知識・思考法が十分に用意されており、世界の情報を日本語で入手できることが、このところ毎年1人の割合でノーベル賞受賞者を輩出する原動力となっていると主張する。母国語で深く考えられる環境がいかに素晴らしいかを筆者は切々と語る。表意文字という日本語の特徴も科学者の理解を助ける。例えば陽極や陰極と文字を見るだけで、説明がなくてもそれとなく意味をつかむことができる。科学や科学史に興味を持つ方はもちろん、日本語に関心がある方にもお薦めの1冊である。
筆者は、日経サイエンスや日本語版ネイチャーを手がけた手だれの編集者である。ノーベル賞受賞者の益川教授や山中教授のエピソードを交え、読者を上手に惹きつけるのはさすがである。「湯川秀樹の中間子論は日本語で物理学に取り組んだからこそ生まれた」など、裏が取れていない話を持ち出したり、牽強付会な議論が散見されるが、著者の主張自体は面白い。
優れた術語は日本語の科学を実り豊かなものにするという筆者の主張には大いに共感できる。確かに明治時代に、外国語を咀嚼して適切な日本語に翻訳した先人たちの偉大さには頭がさがる。どれだけ理解が助けられていることか。筆者は一方で、翻訳の労を厭うためのカタカナ表記については厳しい目を向ける。こうした科学者のサボタージュが将来の日本の科学に悪影響を与える可能性を危惧する。
書籍情報
日本語の科学が世界を変える
松尾義之、筑摩選書、p.238、¥1620
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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