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横田英史の読書コーナー

暴力の人類史 上

スティーブン・ピンカー、幾島幸子・訳、塩原通緒・訳、青土社

2015.6.11  9:58 am

 太古の昔から現在までをカバーする暴力史。上巻だけで700ページ、重さも2.5kgに達する大著だが、内容はきわめて濃く最後まで飽きさせない。認知科学者で進化心理学者でもある筆者のストーリーテラーとしての力量はなかなかのものだ。本書は人間の暴力にまつわる歴史を、考古学の知見や史料を駆使し太古の時代から振り返っている。実に面白く刺激的な内容なので、多くの方にお薦めしたい。
 筆者は、のどかな過去と頽廃した現在というステレオタイプな“定説”を打ち砕く。最近のことについては事細かに思い出す一方で、昔のことを美化してしまう傾向が人間にはある。しかし暴力についてみると、「昔は良かった」は明らかに間違いであることを、データを駆使して著者は明らかにする。例えば20世紀の英国の殺人件数は14世紀に比べ95%も少なくなっているという。昔の刑罰や拷問、弾圧、奴隷化がいかに凄惨で残酷だったかを、事実を丹念に押さえて明らかにする。語り口は穏やかだが迫力満点である。
 筆者は、人類が暴力的でなくなった原因を国家体制の整備と経済革命に見る。中央集権国家の誕生によって暴力は激減した。何千年ものあいだ文明の一部として存在した残酷な慣習の数々が、ほんの1世紀という短期間に突然姿を消したのだ。文明社会の人間が暴力死をとげる確率は、狩猟採集社会の5分の1に過ぎないという。犯罪を減らすポイントに結婚を挙げているのは興味深い。安定した職につくことと、結婚して家族を養うことが若い男性の文明化につながり、暴力の減少につながった。
 言語が共通だからといって戦争になりにくいわけではない、長期間安定した政府を持つ国では戦争が起きにくい、民主主義国家は本当に武力衝突にいたる確率が低い、電子メディアへのアクセスやグローバル経済への開放性が内戦が勃発する確率と激しさの両方を減らす、といった見解は今の時期、傾聴に値する。

書籍情報

暴力の人類史 上

スティーブン・ピンカー、幾島幸子・訳、塩原通緒・訳、青土社、p.700、¥4536

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。