横田英史の読書コーナー
科学の危機
金森修、集英社新書
2015.6.22 10:02 am
科学の目的が「真理の探求から利益の追求」に変質した現在、「科学批判学」という学問が必要になっていると科学思想史の研究者が力説した書。筆者の専門に哲学が含まれると知って嫌な予感がしたが、予感は良い方に外れた。必要以上に抽象的で難しい言葉と、難解な言い回しは好きにはなれないが、「科学の自律性と自存性は死守すべき」「科学は外部からの押し付けから自由であるべき」という筆者の主張には納得できるところが多い。STAP細胞の問題など科学者の不正に興味をお持ちの方に向く新書である。
筆者は科学史と思想史を踏まえ、科学者の古典的規範が崩壊したことを明らかにする。20世紀に入り研究の大規模化が進み、個人での研究から集団での研究へのシフトが起こった。専門家集団は、自己保存と自己増殖の傾向を必ず伴う。社会に対して閉じており、増殖の正当な根拠は見当たらないと批判する。同時に設備の大型化や費用の巨額化によって、国家の関与なくして研究が成り立たなくなった。筆者はマンハッタン計画を例に挙げ、ヨーロッパ人が何百年もかけて作り上げた「科学の古典的規範」を破壊したと語る。国家への問答無用の隷属という点で、自律性は回復不可能なヒビが入ったと嘆く。
こうした流れを筆者は、CUDOS(グードス)からPLACEへの変化と言い表す。ここでいうCUDOSとは、共有性(communalism)、普遍性(universalism)、無私性(disinterstedness)、組織化された懐疑主義(organized skepticism)の頭文字を組み合わせた造語。一方のPLACEは、所有制(proprietry)、局所性(local)、権威主義的(authoritarian)、被委託性(commisioned)、専門性(expert work)を意味する。
筆者は、科学者による不正の数々やマスメディアの問題点にも言及する。マスメディアに対しては、純粋な客観的知識の公平な啓蒙というよりも企業広報のようになっていると批判する。ある領域の産業活性的な力を伝えようとする場合、市民の安全や健康保護よりも、産業振興や企業の保護に傾きがちだと手厳しい。
書籍情報
科学の危機
金森修、集英社新書、p.240、¥821