横田英史の読書コーナー
暴力の人類史(下)
スティーブン・ピンカー、幾島幸子・訳、青土社
2015.8.31 11:01 am
上巻で紹介した「時代を追うごとに暴力が減少している」現象について、その理由について統計データや学問的知見を総動員して迫っている。心理学、生理学、認知科学、生物学的、脳科学、人類学、歴史学など、幅広い分野の研究成果を披露しており説得力がある。先日の書評で紹介した、知能指数がどんどん向上している「フリン効果」にも言及する。700ページの大著なので持ち運びに苦労するが、時間をかけて読むだけの価値は十分にある。
著者が注目するのは権利革命を背景とした意識の高まりである。公民権、女性の権利、子供の権利、同性愛者の権利、動物の権利といったものに関心が集まり社会の成熟度が高まった。その結果、暴力に関する60もの項目のグラフは、いずれも右肩下がりの曲線を描いているという。
例えば、米国における特定の宗教に対する不寛容は着実に減っている。1924年には、平均的な高校生の91%が、「キリスト教は唯一の真の宗教で、すべての人がキリスト教に改宗すべきである」という意見に賛成していた。それが1980年には38%にまで大幅に減少した。
効果的な和解の方法を論じた部分も興味深い。現在は政治的謝罪がトレンドというのが著者の見立てで、実際、件数は1980年から急増しているという。ただし、うわべの言葉を弄した謝罪ではなく、いかにコストの高い信号を伝達するか、いかに相手に安心感を与えるかが、リベンジの悪循環を防止するポイントだと指摘する。具体的には、まず最初から最後まで妥協なく真実を語り、自分の及ぼした危害を認めること。第2に、人々の社会的アイデンティティを明白に書き換え、自分が属する集団を再定義すること。ある集団が別の集団に対する権威を与えられている状況だと、野蛮な行動が出てきてしまうからだ。最後に、裁きに完璧を求めず、大量の恩赦を与えることだと著者は主張する。戦後談話の騒ぎを思い起こすと示唆的である。
書籍情報
暴力の人類史(下)
スティーブン・ピンカー、幾島幸子・訳、青土社、p.700、¥4536