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横田英史の読書コーナー

世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠

ジョセフ・E・スティグリッツ、峯村利哉・訳、徳間書店

2015.9.10  7:39 pm

 ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツが、深刻な格差問題を抱える米国資本主義の問題を論じ、エセ資本主義から抜け出すための方策を示した書。パイ自体を大きくせず、パイの取り分の拡大に血道をあげる行動(レントシーキングと呼ぶ)は、米国において私益の拡大と同時に不平等を生み出した。筆者は、最下層の犠牲のもとで最上層が利益を得ている政策の数々を厳しく批判し、いまや米国は「機会不均等」の国家になったと断じる。TPPなどの貿易協定は、雇用を破壊し、米国の不平等をさらに悪化させるという視点も興味深い。ヴァニティ・フェア、クリティカル・レビュー、タイム、ニューヨーク・タイムズなど、米国の新聞や雑誌の寄稿をまとめた書なのでダブり感があるが、今日の日本に当てはまる話も多く読む価値がある。
 筆者の視点は、機会均等の崩壊が貴重な資産である人材を最も生産的な方法で活用できない点に置かれる。その結果、社会は停滞し、格差がさらに拡大する。不平等が総需要と経済そのものを弱体化させる方向に働いてしまう。「米国経済が弱い主因は需要不足から来るもので、その根本原因は社会の不平等にある」「大多数の人々の暮らしが毎年悪化する経済が、長い目で見れば繁栄を続けられる可能性は低い」となどと論じる。
 それにしても、トリクルダウン理論は何だったのだろうか。Wikipediaによれば、トリクルダウン理論はとは銀行業界に十分な資金を流し込んでおけば、すべての人に恩恵が行きわたるというもの。つまり、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」という経済理論だが、実際には金融機関をはじめとする大資本や金持ちを優遇するだけに終わってしまった。このほか、かつて流行った「大いなる安定」や、生産性の恒常的上昇を特徴とする「ニューエコノミー」、さらにはデカップリングといった言葉の数々が、本書を読むと空疎だったことがよく分かる。

書籍情報

世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠

ジョセフ・E・スティグリッツ、峯村利哉・訳、徳間書店、p.478、¥2268

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。