横田英史の読書コーナー
最悪のシナリオ~巨大リスクにどこまで備えるのか~
キャス・サンスティーン、田沢恭子・訳、みすず書房
2015.12.21 4:53 pm
「人間はリスクを評価するのが苦手で、そのせいで過剰反応や無視に陥りやすい」という。本書は、起こる確率は低いが、起こったら取り返しのつかない惨事を招くリスクにどう対処すべきかについて論じた書。9.11テロや地球温暖化(京都議定書)、オゾンホール対策(モントリオール議定書)などを例に挙げ考察する。簡単に言うと、予防原則と費用便益分析を緩やかに両立させるというのが筆者の主張である。全体に読みやすいとは言いづらい書が、示唆に富む提案が多い。リスクに関心のある方にはお薦めの1冊である。
筆者は、最悪のシナリオを排除することによる利得と損失を検討することが肝要だと説く。最悪のシナリオが現実となる確率がきわめて低い場合でも、壊滅的なリスクの期待値を求め、費用対効果の高いリスク削減措置を選ぶべきだと主張する。「結果が最もましな方法を選択せよ」というマキシミニ原則(the Maximin Principle)や「憤りにもっと注目すべき」も筆者の主張の一つである。憤りが人に与える影響は、統計上のリスクが400倍に増大したのと同じという。例えばテロは強い憤りを引き起こし、気候変動への反応よりも強烈になりやすい。
なぜモントリオール議定書は効力をもち、京都議定書はその逆だったのかについての議論は興味深い。南極大陸の上空で不気味に広がる「オゾンホール」は強烈なイメージを米国民に植え付けた。しかもオゾン層破壊を防ぐ費用に比べ米国民が被る損失が大きかったので、モントリオール議定書で求められた措置を実行に移す価値があった。一方の気候変動(京都議定書)は120億ドルの予想便益に対して3250億ドルの費用が予想され、米国は動こうとはしなかった。
書籍情報
最悪のシナリオ~巨大リスクにどこまで備えるのか~
キャス・サンスティーン、田沢恭子・訳、みすず書房、p.360、¥4101
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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