横田英史の読書コーナー
臓器移植の人類学~身体の贈与と情動の経済~
山崎吾郎、世界思想社
2016.1.18 9:58 am
臓器移植、特に脳死という概念が日本人の身体観や生死観、倫理観にどのような影響を与えたかを考察した書。生きているでも死んでいるでもなく、「脳死した者」という表現の背景には、日本社会に固有の医療技術の受容過程、医療に関する熟慮の歴史があると指摘する。ポイントは、臓器移植では臓器のやり取りを経済活動と捉えるところ。一方で臓器のやり取りを経済合理性の議論に還元するのは、医療に携わる当事者や移植の当事者の実感からかけ離れている。筆者は、こうしたせめぎ合いに焦点を当て議論を進める。哲学的で読みづらい部分もあるが、筆者が指摘するところは示唆に富むので我慢して読む価値がある。
本書は、臓器を提供する側も受け取る側も独特の社会的、心理的負担に直面することを明らかにする。臓器提供に対して社会的な理解がなく、提供した当事者が悩みを抱くことへの配慮に欠けていると問題視する。具体的には、提供者本人に対しての罪悪感、自分自身の決断に対する反省、医療者に対する批判といった感情が、家族に渦巻くことへの配慮が決定的に不足している。
読めば読むほど、脳死が臓器移植の進歩によって生まれた「特殊な死」であることが理解できる。脳死判定の場面では、「身体が温かい」「血が通っている」「呼吸をしている」といった直感と死とのギャップが生じる。しかし脳死を死と定義しなければ心臓移植を行えない。救える命を救うと意味では仕方がない面があるとはいえ、脳死には割り切れなさが残る。
臓器移植法に対する指摘は鋭い。法律の制定によって、社会の関心は死の問題ではなく、提供数に移った。国会やメディアの関心は、「臓器提供を増やす」ことに注がれてしまう。生かすことに焦点があてられるあまり、殺すことが思考の外に追いやられたと指摘する。
書籍情報
臓器移植の人類学~身体の贈与と情動の経済~
山崎吾郎、世界思想社、p.292、¥4212
横田 英史 (yokota@et-lab.biz)
1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。
*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。
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