横田英史の読書コーナー
絶望を希望に変える経済学〜社会の重大問題をどう解決するか〜
アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ、村井 章子・訳、日本経済新聞出版
2020.8.30 11:08 pm
間違いなく良書である。2019年のノーベル経済学賞を受賞した経済学者2人が、人類が抱える多くの危機への処方箋を、多角的な視点から平易な筆致で描いている。米国だけではなく欧州、中南米、インド、日本などでの知見に基づき、経済成長の停滞、貧困問題、格差問題、貿易戦争、移民問題、環境破壊の解決に経済学はどのように貢献できるかを論じる。筆者はこう危機を募らせる。「悪い経済学は富裕層への減税を支持し、福祉予算を削らせ、(中略)現在の爆発的な不平等の拡大と怒りと無気力の蔓延を招いた。(中略)世界中に広がった不平等とそれに伴う社会の分断、そして差し迫る環境危機を放置していたら、取り返しのつかない地点を越えかねない」。
経済学者が信頼されていないのは、経済学の理論の前提がそもそも人間の実態に即していないことに端を発する。そこから導かれる理論は的外れになる。例えば貧困問題・格差問題で筆者が重視するのは「人の尊厳」である。人間を前進させる燃料は「希望」であり、経済政策は「上から見下す」姿勢から「敬意を払う」姿勢への転換が不可欠だと主張する。現在の社会的保護はヴィクトリア朝の遺物であり、もっと想像力を働かせて政策立案に臨むべきだとする。
最後に筆者はこう述べる。「『疑う余地がない』などという主張にだまされず、奇跡の約束を疑い、エビデンスを吟味し、問題を単純化せず根気よく取り組み、調べられることは調べ、判明した事実に誠実であることだ。こうした警戒を怠ったら、多面的な問題を巡る議論は極度に単純化あるいは矮小化され、政策分析も行わずに安直な見掛け倒しの解決に帰着することになるだろう」と。頭でっかちの議論とは一線を画した、得ることの多い書である。
書籍情報
絶望を希望に変える経済学〜社会の重大問題をどう解決するか〜
アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ、村井 章子・訳、日本経済新聞出版、p.528、¥2640