横田英史の読書コーナー
TOOLS AND WEAPONS(ツール・アンド・ウェポン)〜誰がテクノロジーの暴走を止めるのか〜
ブラッド・スミス、キャロル・アン・ブラウン、斎藤栄一郎・訳、プレジデント社
2020.11.22 12:05 pm
テクノロジーが政治や社会に与える影響力を増しているなか、テクノロジー企業や業界はどのように身を処すべきかを、米マイクロソフトのコンプライアンス最高責任者が提示した書。「われわれの世代が苦労して手に入れた機械化時代の成果は、三歳児に持たせたカミソリのように危険である」----1932年にアインシュタインが語った言葉である。「機械」を「情報」にかえれば、いまの状況に当てはまる。利便性と同時に危険と背中合わせの情報化時代に生きる我々にとって、時宜を得た良書である。テクノロジーに関係する多くの方にお薦めしたい。
取り上げるテーマは、AIと倫理、AIと労働者、テクノロジーと治安(監視)、デジタルデバイド、プライバシー(GDPR)、オープンソースなど多岐にわたる。それぞれに対する著者の倫理的・哲学的な考察や基本姿勢は示唆に富み、強く共感できる。今年読んだ書籍のなかでトップクラスの面白さだ。ちなみに著者はマイクロソフトのPresidentでCCO(Chief Compliance Officer)。社歴は四半世紀を超え、司法省との闘いも経験した歴戦のツワモノである。ビル・ゲイツが最も信頼を寄せているという。
AIに関するスタンスは興味深い。マイクロソフトは知的財産権、競争規則(独占禁止法)、プラバシー規制(GDPR)などで闘ってきたが、哲学のレベルまで掘り下げなければならないAIの倫理的問題に比べればはるかに優しかったという。プログラマー版の『ヒポクラテスの誓い』の必要性や、コンピュータサイエンティストやデータサイエンティストの一人ひとりにリベラルアーツを身に着けさせるべきだと語る。
本書を読んで驚くのは、マイクロソフトの企業としての成熟度の高さである。「悪の帝国」と呼ばれ、司法省と対峙して企業分割寸前に追い込まれた会社とは思えない。巨大になって既得権側に回り保守的になったというのではなく、困難の連続に正対し続けることで成長し、筋の通った倫理的・哲学的な企業理念が根付いた感じがする。
書籍情報
TOOLS AND WEAPONS(ツール・アンド・ウェポン)〜誰がテクノロジーの暴走を止めるのか〜
ブラッド・スミス、キャロル・アン・ブラウン、斎藤栄一郎・訳、プレジデント社、p.468、¥2750