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横田英史の読書コーナー

テクノロジーの世界経済史〜ビル・ゲイツのパラドックス〜

カール・B・フレイ、村井章子・訳、大野 一・訳、日経BP

2021.3.14  10:07 am

 「イノベーションがこれまでにないペースで次々に出現しているというのに‥…アメリカ人は将来についてますます悲観的になっている」という、ビル・ゲイツのパラドックスの当否を探った書。「ITやAIによって、労働分配率が低下し格差は拡大し続けるのか」という命題に挑んでいる。600ページを超える大著だが、歴史を学ぶことの大切さを教えてくれる1冊である。
   
 オックスフォード大学フェローの筆者は、第1次産業革命、第2次産業革命…などとデジタル的に連想しがちな歴史を、“丸める”ことなくアナログ的に追いながら筆を進める。産業史を農業革命からAI革命までを俯瞰することで、技術革新とそれに対する人々(主に労働者)のスタンスに普遍的な関係があることを明らかにする。「歴史は繰り返すことないが、韻を踏む」という名言を改めて思い起こさせてくれる。
   
 筆者は蒸気機関、電力、オートメーション、コンピュータなどの登場で何が起こったかを時系列で順を追って論じる。労働代替的な技術革新は、当初、労働者の反発を呼ぶとともに、所得の減少を引き起こす。排斥行為が広がり終末論的な話が流布する。
   
 しかし長いスパンで見ると、技術革新に適応しながら社会や生活、人々の意識や制度は徐々に変化する。技術革新を使いこなすためのスキルが求められるようになり、新しい雇用を生み出す。新しい技術は労働代替的な存在から労働補完的な位置づけに移行する。数十年の時を経て、経済全体が底上げされ社会全体が潤う。
   
 電動化や自動化、コンピュータ化は、それに見合った組織の変更、作業や工程の変更が行われたときに初めて生産性向上に寄与する。作業の流れと事業のプロセスを分析・再設計することが欠かせないと筆者は主張する。
   
 筆者は明言していないが、長い目で見ればAIも同様の道を辿りそうだ。コンピュータ化の時期にはソフトウエア危機が叫ばれた。エンドユーザーが使うExcelやWordなどのアプリケーションの登場もあって杞憂に終わった。今回はローコードやノーコードといった動きが労働者を救うのかもしれない。

書籍情報

テクノロジーの世界経済史〜ビル・ゲイツのパラドックス〜

カール・B・フレイ、村井章子・訳、大野 一・訳、日経BP、p.650、¥3520

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。