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横田英史の読書コーナー

WORLD WITHOUT WORK〜AI時代の「大きな政府」論〜

ダニエル・サスキンド、上原裕美子・訳、みすず書房

2022.6.26  6:03 pm

 技術革新によって世界は豊かになる一方で、「仕事が足りない世界」「人間に十分な数の仕事が存在しない未来」がやって来る。こうした構造的テクノロジー失業の時代に人類、政治、社会はどのように対処するべきかを論じた書。ちょっと風変わりな議論は一読に値する。評者が生きている間に「仕事が足りない世界」が来そうもないが、本書の議論は発想の転換を迫っており頭の体操になる。
        
 経済的繁栄を実現するために、現在の政治や社会、企業は機能している。そして人は経済的な豊かさで満足を感じる。しかし仕事が足りない世界は経済的には繁栄しており、この前提が崩れる。国家が社会の富の分配に大きな役割を果たすべきであり、条件付きユニバーサルベーシックインカムや余暇政策、教育制度を遂行すべきだとする。
       
 筆者は、技術の進歩によって経済的な問題は解決して、新たに3つの問題が生じると主張する。第1は不平等の問題。経済的繁栄を全員でどのように分かち合うか。ここで条件付きユニバーサルベーシックインカムの考え方が登場する。第2は政治的支配力の問題。繁栄をもたらす技術を誰がどのような条件で制御すべきか。巨大テック企業の政治的影響力を監視する監督庁の必要性を説く。第3は人生の意味の問題。技術革新で得た経済的繁栄を使ってただ生きるのではなく、よりよく生きるにはどうすれば良いのか。大きな政府による余暇政策が不可欠だとする。
      
 AIの進歩の過程、AIが仕事を奪いつつある現状、AIの進歩が行き着く先のユニバーサルべシックインカムについて述べた中盤過ぎまでは既視感に襲われる。しかし、仕事が足りない世界に対処するための条件付きベーシックインカム、余暇政策、教育の話あたりからがぜん面白くなる。少し我慢強く読むことが必要な書である。

書籍情報

WORLD WITHOUT WORK〜AI時代の「大きな政府」論〜

ダニエル・サスキンド、上原裕美子・訳、みすず書房、p.400、¥4620

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。