横田英史の読書コーナー
半導体戦争〜世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防〜
クリス・ミラー、千葉敏生・訳、ダイヤモンド社
2023.3.19 12:03 pm
半導体を巡る、米国や中国、日本、台湾、韓国、ロシアなどの勢力争いを半導体の歴史を踏まえつつ紹介した書。米国、台湾、ロシアを中心に100人超の関係者にインタビューし、半導体の地政学的な問題とその背景を整理している。分析に鋭さを感じさせるわけではないが、半導体ビジネスに注目が集まっていることもあってベストセラーの一角を占める。
トランジスタ発明から扱っていることもあり500ページ超の大著だが、翻訳はこなれており読みやすい。日本の半導体メーカーが世界市場を席巻していた時代を知っている方は、歴史解説が中心となる前半部分は読み飛ばしても構わない。半導体産業を基礎から知りたい方や半導体をめぐる最近の地政学的な争いを知りたい方に向く。
7つの章で構成する。「半導体の黎明期」「インテルをはじめとするシリコンバレーの興隆」「日本の台頭」「日本の没落と韓国の台頭」「TSMCの興隆とリソグラフを巡る競争」「ファブレス企業の台頭とインテルの没落」「中国の挑戦」「半導体と兵器」といった具合である。中国の驚異が叫ばれているが、EUV露光装置や光源、EDAツール、製造ノウハウなどの中核技術は西側諸国が押さえており、急速な台頭は容易ではないと繰り返す。
半導体の幅広い領域をカバーした分だけ個々の内容は細切れになっている。話題優先の雑誌的な作りで、その分だけ読みやすいともいえる。100人超にインタビューしたというものの、日本人や日本の企業は含まれていないは残念である。これも深みを感じない原因の一つとなっている。
著者はタフツ大学准教授で経済史家。肩書から緻密でアカデミックな本かと思ったが、ところどころに「違うんじゃない?」といった記述もある。よく言えば荒削り、悪く言えば粗雑な印象を受ける。例えば日米半導体摩擦を解説する部分で、なぜかIBM産業スパイ事件の話が唐突に登場する。しかも逮捕者を実名で取り上げるのは、本筋と無関係なだけに異様に感じる。印象操作と取られても仕方がないだろう。また翻訳者は半導体の専門用語に苦戦したようで、明らかな誤りや聞き慣れない言い回しが登場する。正確な内容を知りたい方は、Kindle版を併せて購入して確認することをお薦めする。
書籍情報
半導体戦争〜世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防〜
クリス・ミラー、千葉敏生・訳、ダイヤモンド社、p.552、¥2970