横田英史の読書コーナー
目的への抵抗
國分功一郎、新潮新書
2023.5.3 10:18 am
少し前に取り上げた「暇と退屈の倫理学」の続編。前著が経済問題が中心だったが、本書のターゲットは「新型コロナ政策から見えてきた政治の問題」である。高校生向けと東大生向けの2つの“講話”を書籍化したもので、深く考えることの重要さを説く。イタリアの哲学者アガンベンの発言をキッカケに、アーレントやヴァルター・ベンヤミンなどの著作や発言を咀嚼しながら解説を加えており、とても分かりやすい。哲学者は「社会の虻(あぶ)」という見立ても興味深い。その昔、米IBMが人材募集に使った「虻のように口うるさい人、異端者を求む」というキャッチコピーを思い起こさせる。
筆者は、新型コロナ危機以降の世界に違和感を感じ、その正体に迫る。新型コロナ以来の息苦しさは、「あらゆることを何かのために行い、何かのためではない不要不急の行為は認めない、あらゆる行為はその目的と一致していて、そこからずれることがあってはならない」という風潮から生じるとする。「人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由はある」と断じる。“タイパ”重視は人間の自由とは真逆というわけだ。
今回の講話は、アガンベンの「根拠薄弱な緊急事態を理由に甚大な権利制限が行われ、それを当然と受け止めるていることの怖さ」を指摘した発言をトリガーに展開される。新型コロナが権利の制限を拡張する理想的な口実となり、人間にとって最も苦しい罰となる「移動の制限」につながったと述べる。哲学者のアガンベンは移動の制限の根底にある危険性を明らかにし、政治家であるドイツのメルケルは移動の制限の必要性を切々と国民に訴えた。2人はともに自らの役割を確信をもって果たしたと評価する。日本の政治・行政・官僚支配の危機的状況への指摘も鋭い。多くの方に勧めの1冊である。
書籍情報
目的への抵抗
國分功一郎、新潮新書、p.208、¥858