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横田英史の読書コーナー

人はどこまで合理的か(下)

スティーブン・ピンカー、橘 明美・訳、草思社

2023.5.25  1:04 am

 もっともらしい数字を使ったまやかしに騙されて不合理な判断を下さないための方法論を提示した書。人間のもつ非合理性の背景にあるパターンを確率論や行動経済学などの知見をもとに明らかにする。合理的な判断を下すには、確率論やゲーム理論、クリティカルシンキング、行動経済学、統計学などの知的ツールに基づく「健全な推論」が不可欠だと説く。心理学者・認知科学者でハーバード大学教授の筆者が受け持つ講義をベースにしており、怪しげな情報が飛び交う現在を生き抜くためのヒントを与えてくれる。
      
 下巻は、行動心理学や認知科学、ゲーム理論、統計学などを中心に話を進める。「フレーミング」「利用可能性バイアス」「サンクコストの誤謬」「囚人のジレンマ」「共有地の悲劇」などを説明し、合理的な判断を下すための心構えやツールを紹介する。面白いのは、下巻の最後の部分に筆者の本音(?)が出ているところである。「自分たちを取り巻く因果ネットワークをすべて理解できるはずだと思うことは自惚れに過ぎない」「合理性のツールを紹介してきたが、謙虚さこそが重要」と語る。
      
 合理的な判断を下せない原因として、科学教育の問題を指摘する。学校でも博物館でも、科学の提示方法に問題がある。一種のオカルトやマジックかと思わせるものばかりが並べられる。科学教育から得られるものが混沌として、重力や電磁気力が超能力やカルト、水晶療法などとごちゃまぜになるのが避けがたいとする。
      
 本書を読んで感じるのは、人間にとって非合理性は不可避ということだ。統計的に考えて不合理な判断を、確率の推定が苦手な人間はどうしても下してしまう。では、認知バイアスが起こりそうにないAI(例えばChatGPT)に前捌きをさせたらどうなるのか。前捌きでバイアスを除き、情報を“正規化”すれば合理的な判断に近づけそうである。もっとも、どんでもない想定外も起こらなくなり、人間社会が味気なくなる気もするが…。

書籍情報

人はどこまで合理的か(下)

スティーブン・ピンカー、橘 明美・訳、草思社、p.304、¥2090

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。