Electronics Information Service

組込みシステム技術者向け
オンライン・マガジン

MENU

横田英史の読書コーナー

言語の本質〜ことばはどう生まれ、進化したか〜

今井むつみ、秋田喜美、中公新書

2023.6.26  8:15 pm

 言葉がどのように生まれ、どのように進化し、子どもはどのように言葉を習得していくのか、ヒトとAIや動物との違いは何か、などについて認知科学者と言語学者が論じた書。子どもが言葉を獲得していく過程はスリリングでさえある。刺激的な内容で、得るところの多い啓蒙書である。ChatGPTなどの大規模言語モデルが話題になっているなか、人間と言語、AIと言語、人間とAIの関係を考えるヒントを与えてくれる。ちなみに4月に初版が出た書だがChatGPTにも少しだが言及している。多くの方にお薦めできる良書である。
     
 筆者は、言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることに繋がると語る。そして鍵となるのが、オノマトペ(擬声語)とアブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だと説く。例えばオノマトペは言語習得と言語進化を促す。身体から発した言語が、身体を離れた抽象的な記号の体系へと進化・成長するつなぎの役目を果たす。一方でアブダクション(仮説形成)推論は、目では観察できない抽象的な類似性・関係性を発見し、知識創造を続けていくキッカケになる。
     
 子どもが知識を拡大していくプロセス「ブートストラッピングサイクル」の話も面白い。言語の習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に学習の仕方自体も学習し洗練させ自律的に成長を続けるプロセスだとする。
     
 大規模言語モデルとの関係を考える上では、「記号接地」の議論が興味深い。記号接地は、言葉の本当の意味を理解するには身体的な経験(接地)が不可欠というもの。したがって身体の存在しないAI(コンピュータ)には本当の意味は分からないとされる。人間も、記号が身体あるいは自分の経験に接地していないと学習できない。しかしChatGPTの出現が状況を変えた。大量のデータを受け取り、記号から記号へと漂流を続けながら、AIは驚異的なスピードで知識を拡大し続ける。筆者は、人間とAIの関係について本当に真剣に考えないといけないと語る。

書籍情報

言語の本質〜ことばはどう生まれ、進化したか〜

今井むつみ、秋田喜美、中公新書、p.304、¥1056

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。