Electronics Information Service

組込みシステム技術者向け
オンライン・マガジン

MENU

横田英史の読書コーナー

客観性の落とし穴

村上靖彦、ちくまプリマー新書

2023.7.16  6:37 pm

 「客観性が真理となった時代」「何でも数字化して評価することを是とする時代」の危うさを論じた書。数値に過大な価値を見出す社会、数字で人間が序列化される社会の先行きを不安視する。筆者は大阪の西成を中心に困窮者の支援を手がける精神病理・精神分析学者。困窮者の“語り”をありのままに捉え・分析し、背後にある問題を明らかにすることを研究対象としている。困窮者支援の現場の経験に基づき、数字化の作業を経て丸めた結果では真理に迫ることは難しいとする。
      
 筆者は、客観性と数値が支配する社会の息苦しさを訴え、「客観性と数字をそれほど信用して大丈夫なのか」と問う。客観性だけに価値を置いたときに、一人ひとりの経験が顧みられなくなるのではないか、客観的なデータがなかったとしても、意味がある事象は存在すると語る。生成AIの「記号接地問題」と共通する議論を展開しており興味深い。現代社会の病理の一面を捉えた書で薦めである。
       
 筆者は生活困窮者とのインタビューの内容をそのまま文章にし、息遣いをそのまま伝えることから心の動きを推し量る手法をとる。外部からの理論や概念図式から説明を当てはめないという。こうすることで、真理に迫る生々しさにつながる。型に当てはめたり、常套句で満足しがちなメディアにとっても参考になる話である。

書籍情報

客観性の落とし穴

村上靖彦、ちくまプリマー新書、p.192、¥880

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。