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横田英史の読書コーナー

まちがえる脳

櫻井芳雄、岩波新書

2023.8.13  6:23 pm

 脳の仕組みや機能を最新の知見に基づき紹介した書。分からないことだらけで不可思議な脳研究の深淵さと面白さが伝わってくる。「脳は分かっている」というのは誤解だと断じ、脳にまつわる数々の迷信を否定するとともに、脳とAI(ディープラーニング)を関連付ける論調に苦言を呈する。執筆時期から考えて難しいのは確かだが、新たな段階に入ったAI(生成AI)についての言及も欲しかったところである。
     
 脳における信号伝達は不確かで確率的であり、しょっちゅう間違いながら働いている。ニューロンからニューロンへの信号は30回に1回しか伝わらず、しかも伝わるタイミングはランダムだという。デジタル処理に程遠い訳だ。また誤るからこそ、新たなアイデアを生む創造力につながり、損傷から回復する耐障害性に富むとする。
     
 興味深いのは脳に複数の信号が存在しているとの指摘である。一つはよく知られたシナプス間の電気的信号。これに加えて軸索上の圧縮波(表面波伝搬)を利用することで、不安定な信号伝送の安定させる。このほかニューロン集団が発する信号が、細胞外のスペースに電場を作り、それが周囲のニューロン集団にも信号を発生させる仕組みも存在する。脳の信号伝達の仕組みは実にアナログで、生命の神秘を感じさせる。
     
 筆者が槍玉に挙げる迷信は三つ。「右脳左脳神話」「男脳女脳神話」「脳は10%しか活用されていないという10%神話」である。いずれも脳の機能を単純化しており、分かった気にさせているだけだとする。脳部位のレベルでも、ニューロンのレベルでも、神経伝達物質と遺伝子のレベルでも、脳の特定の機能を単独で担うものは存在しない。脳の機能は、多様な部位、多様なニューロン、多様な神経伝達物質、多様な遺伝子が相互作用しながら働く、アンサンブルによって実現されていると強調する。

書籍情報

まちがえる脳

櫻井芳雄、岩波新書、p.244、¥1034

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。