横田英史の読書コーナー
土の声を〜「国策民営」リニアの現場から〜
信濃毎日新聞社編集局、岩波書店
2023.9.13 6:48 pm
「リニア中央新幹線」の工事区間となる長野県飯田市民の声を、地元紙・信濃毎日新聞が取材したノンフィクション。住民の声を丹念に拾った一連の報道が、優れたジャーナリズムの仕事を顕彰するJCJ賞を受賞したのも納得である。生成AIには書けそうもない内容にあふれており、取材力と質の高い報道で知られる同紙らしい1冊である。
本書は、長野県駅(仮称)の整備に伴う190世帯の立ち退き当事者の困惑、トンネル掘削で発生する残土処理の問題、死者まで出たトンネル工事現場の状況、新幹線の4.5倍ともいわれる電力消費(CO2排出)の問題などに焦点を当てる。例えばJR東海は、残土の埋め立て候補地が「崩壊土砂流出危険地区」や「土石流危険渓流」と指定されていることを5年にわたって明らかにしなかったことを明らかにする。
本書で浮き彫りになっているのが、「民営」をたてに情報公開を阻むJR東海の企業姿勢である。JR東海の自己資金で開業を目指すリニア中央新幹線は「民営」の側面をもつものの、政府から3兆円の貸し付けを受けており、公共性に配慮するべきだと記者たちは訴える。労災事故や残土処理などの情報公開に後ろ向きの姿勢を疑問視する。
一方で、総工費が7兆円を超えるリニア中央新幹線の事業性の是非についてはさほどページを割いていないのは残念である。生成AIにも書けると言われればそれまでだが、新型コロナ禍や東日本大震災、ウクライナ戦争などで、プロジェクト当初とは大きく事業環境が変わっただけに知りたいところだ。品川-大阪間を67分で結ぶことに、さほど意義を見いだせないのは評者だけだろうか。この国でありがちな、走り出したら止まらない悪癖がリニア中央新幹線でも出ていると感じざるをえない。
書籍情報
土の声を〜「国策民営」リニアの現場から〜
信濃毎日新聞社編集局、岩波書店、p.252、¥2640