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横田英史の読書コーナー

因果推論の科学〜「なぜ?」の問いにどう答えるか〜

ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー、夏目大・訳、文藝春秋

2023.9.17  6:51 pm

 因果関係を解き明かす「因果推論」を学問として成り立たせた著者による解説書。因果推論の理論だけではなく、AIやビッグデータとの関係、具体的な適用例、日の目を見るまでの歴史、因果関係に立ち入ろうとしない統計学者やデータアナリストへの批判などを詳細に綴る。従来の統計学やデータ分析では相関こそ分かるが、「なぜ?」という問いには答えられない。この問題に対処できるのが「因果推論」である。「なぜ?」という問いに答えることが、強いAIを作ることにつながると述べる。
     
 筆者は、因果的な問いにデータのみで答えることはできないと主張する。データを生んだ過程、少なくとも過程の一部にモデルが必要だと強調する。モデルをもたずにデータを分析しても、得られる結論は単なるデータの要約か、データを変換したものに過ぎず、データを解釈することにはならないと断じる。
     
 自分自身の信念や意図、願望について推論する能力「エージェンシー(行動主体性)」を持った「強いAI」は可能で、その基盤が因果推論だと語る。このエージェンシーのソフトウェアは少なくとも3つの要素を備える。①世界の因果モデル、②自身のソフトウェアの因果モデル、③外界の事象に対応した自身の意図を記録する記憶装置である。
     
 「タバコは肺がんの原因か」「がん検診で陽性が出たときに、本当にがんの確率は」など、身近な話題で読みやすさに配慮したところや、「因果ダイヤグラム」など役立ちそうなツールの紹介もあるが、全体に内容は哲学的で少々難解。人工知能の巨人」と称される筆者の個性的で独創的な世界観が全開なので、肌が合わないと読み進むのは辛いかもしれない。
     
 解説文を載せた松尾豊・東大教授でさえ、「私が解説するのが憚られるすごい」と語るほどである。参考文献を含み600ページを超える大著で読みこなすのは大変だが、強いAIに興味のある方にお薦めの1冊である。

書籍情報

因果推論の科学〜「なぜ?」の問いにどう答えるか〜

ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー、夏目大・訳、文藝春秋、p.608、¥3740

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。