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横田英史の読書コーナー

奇跡のフォント〜教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語〜

高田裕美、時事通信社

2023.9.22  1:41 pm

 ディスレクシア(発達性読み書き障害)や弱視など読み書きに障害をもつ子供にとっても、読みやすい字体(フォント)「UDデジタル教科書体」の開発物語。構想から2016年のリリースまで8年を要したUDデジタル教科書体は、2017年にWindows10の標準フォントとして採用され、現在は教科書での採用が進んでいるという。
     
 ディスレクシアは人口の5〜8%の割合で存在し、文字が重なって見えたり、似た字の区別がとっさにできず、文字の読み取りに困難が伴う。視覚過敏の場合は、文字の「はらい」や「はね」の先端が鋭く尖っていると、自分に刺さってくるように感じられ読めなくなってしまうという。UDデジタル教科書体は、細部まで注意をはらい、当事者による定量的な評価を重ねて、こうした問題に対処した。
       
 筆者は開発時の苦労話だけではなく、フォントとは何かについて初学者にも分かりやすく解説する。フォントの適用範囲は実に多種多様である。書籍や雑誌、新聞、Webなどはもちろん、テレビのテロップ用、デジタルサイネージ用、駅や空港のモニター用、ペットボトルの成分表示用など、適材適所のフォントが用いられる。ちなみに字形の許容範囲が実は広いというのは面白い。文科省によると、漢字の骨組みに違いがなければ誤りではない。いろいろな書き方を認めるべきというのが公式見解という。
      
 書籍や雑誌といえば内容ばかりに目を向けがちで、フォントは地味な存在である。しかし、実に奥深いことが本書を読むとよく分かる。例えば日本の教科書用のフォントには、筆の運び方(運筆)が分かるような字体が求めらる。出版業界が長く、フォントを駆使する制作(DTP)部隊の責任者だった評者が知らなかったエピソードもふんだんに盛り込まれている。多くの方に読んでほしい良書である。

書籍情報

奇跡のフォント〜教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語〜

高田裕美、時事通信社、p.240、¥1980

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。