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横田英史の読書コーナー

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン、井口耕二・訳、文藝春秋

2023.10.15  1:53 pm

 『スティーブ・ジョブズ』を執筆した作家の手によるイーロン・マスクの伝記。破天荒とは彼のような人物を言うのだろう。リスク依存症とも言われる、その生き様とエネルギーは凄まじい。手練の著者は、一筋縄ではいかない、多分に狂気を含んだマスクの人生を見事に描いており実に面白い。深みは感じないが、個々のエピソードのインパクトが強くつい引き込まれる。本書は伝記として楽しく読めるのはもちろんだが、マスクの行動原理を垣間見る部分が多く紹介されており、「イノベータとは何か」「絶体絶命の危機を乗り越えるために必要なもの」を知りたい方にお薦めである。
     
 上巻は、生まれてから30代までをカバーする。南アフリカでの生活、父親との関係などの生い立ちから始まり、事業者の電話番号と地図を連携させたインターネットサービス「Zip2」、Webを使った総合金融サービス「Xドットコム」、PayPal、SpaceX、テスラーなどの起業と、いかにもマスクらしい独特の経営スタイルを紹介する。とくにSpaceXやテスラーを倒産の崖っぷちから救い、成長軌道に乗せるまでのプロセスは、アップダウンが激しく実に興味深い。
      
 それにしてもマスクはどう考えても日本では生きていけない人物である。よってたかって潰されるのがオチだろう。旧Twitter(現在のX)を巡る奇矯な振る舞いは、不思議でないことが本書を読むとよく分かる。マスク自身が、「私は電気自動車を一新した。宇宙船で人を火星に送ろうとしている。そんなことをする人間がごくふつうであるなどと、本気で思われているのですか?」と発言しているが、まさにその通りである。
      
 興味深いのは絶体絶命の危機の乗り越え方だ。基本は「まず要件を疑え」「常識では不可能なら、非常識が必要になる」である。要件を作ったのは「誰か」「なぜ必要なのか」を、とことん突き詰める。不要なものはどんどん切り詰め、「保守的に設計してマージンだらけ」などはありえない。

書籍情報

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン、井口耕二・訳、文藝春秋、p.480、¥2420

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。