Electronics Information Service

組込みシステム技術者向け
オンライン・マガジン

MENU

横田英史の読書コーナー

これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話〜イノベーションとジェンダー〜

カトリーン・キラス゠マルサル、山本真麻・訳、河出書房新社

2023.10.25  1:59 pm

 「女性向け」と刷り込まれたモノを下に見るジェンダー観が、数々のアイデアやイノベーションの芽を摘み、遅らせ、闇に葬ってきたことを歴史的に検証した書。牽強付会を感じる事例も散見されるが、キャスター付きスーツケースや電気自動車、宇宙服などの事例が面白く引き込まれる。思い込みから自分を解放し、クリエイティブな発想を生み出す“out of the box”の大切さを改めて感じる書である。人類の未来は、ジェンダー観改革の可否で大きく変わると著者は主張する。
     
 「車輪付きカートを押すなんて男らしくない」「男性は鞄を手で持つべき」「女性の長距離移動は制限されるべき」というジェンダー観は、誕生寸前だったキャスター付きスーツケースの登場を阻んだ。車輪そのものが発明されたのは5000年前だが、キャスター付きスーツケースは1970年代を待たなければならなかった。
     
 宇宙服の逸話も興味深い。女性の世界に属するものは技術とはみなされてこなかった。しかし密閉性が不可欠な宇宙服を生んだのは、ブラジャーやガードルといった“女性の世界”に属する製品を手がけていたお針子の技術だった。宇宙服は設計図ではなく、型紙から生まれたというのも面白い。
     
 経済システムは女性のアイデアを意図的に排除してきた。イノベーションとは、支配し、潰し、破壊しなければならないという固定観念が、残酷で非人道的な経済を作ってきたと、著者は語る。別のやり方を見つけるには、ジェンダー感を変えなければならないとする。
     
 AIが人間をしのぐ合理的思考力を手に入れたときに残されるのは、「女性的」とラベル付けされてきた資質だと強調する。他者のニーズへの理解、多様な状況や人に寄り添う感情スキルや社会スキルなどが求められる。

書籍情報

これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話〜イノベーションとジェンダー〜

カトリーン・キラス゠マルサル、山本真麻・訳、河出書房新社、p.304、¥2310

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。