横田英史の読書コーナー
アルツハイマー病研究、失敗の構造
カール・ヘラップ、梶山あゆみ・訳、みすず書房
2023.12.19 6:24 pm
アルツハイマー病治療薬の研究が、アミロイドプラーク(老人斑)原因説という「限定された範囲」で行われていることを、専門家(筆者は米ピッツバーグ大学医学校神経生物学教授)が糾弾した書。学会や権威、政治、行政の思惑・忖度に左右され、アルツハイマー病治療薬の研究は歪められた。筆者は、アカデミズムや製薬産業、研究助成機関が迷走した裏事情を自らの体験をもとに明らかにする。アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」が承認された今、一読に値する書である。
筆者が問題視するのは「アミロイドカスケード」という一つの仮説にこだわり、共存可能な異論をことごとく退けたこと。新たな事実が明らかになっても、間違った考えを手放せなかった。「急いで治療薬を求めるあまり袋小路に入り込み、道を誤った」と主張する。「アミロイドの研究でなければ、アルツハイマー病の研究ではない」という独善的な考え方が支配し、アルツハイマー病治療薬の研究は「10〜15年は無駄にした」と断じる。アカデミズムや製薬産業、研究助成機関における頑なさと強欲さ、誤った助言が事態を悪化させた。
筆者は米国の予算配分の問題点を取り上げる。アルツハイマー病治療薬の研究に対する巨額の国家予算は、NIH(国立衛生研究所)を介してNIA(国立老化研究所)に投じられる。アルツハイマー病が老化の顔になった結果、老化に予算を引っ張ってくることは、アルツハイマー病に予算を引っ張ってくることと同義になった。アカデミズムや製薬産業、研究助成機関は、巨額の予算が投じられてきた「アミロイドカスケード」説を下ろすに下ろせない状況に陥った。
筆者はレカネマブの利用にも疑問を呈する。大言壮語や巧妙なマーケティングで覆い隠されているものの、第1に効果が僅かであること、第2に治療リスクに適切に対処されていないこと、第3にコストが高く、医療制度にとって負担になり、医療格差拡大の要因となることを問題視する。
書籍情報
アルツハイマー病研究、失敗の構造
カール・ヘラップ、梶山あゆみ・訳、みすず書房、p.352、¥3520