横田英史の読書コーナー
技術革新と不平等の1000年史 上
ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、鬼澤忍・訳、早川書房
2024.4.7 12:41 pm
技術革新(イノベーション)の恩恵に浴するのは主に権力者であり、一般庶民など被支配層が豊かになるケースは、1000年以上にわたる人類史を振り返ったときに極めて少なかったと、二人の政治経済学者が論じた書。農業手法の改良や産業革命などのイノベーションによって生産性が向上しても、農民や労働者は逆に貧しくなったことを歴史を丹念にたどることで明らかにする。
技術革新のネガティブな面を論じる一方で、技術革新によって生まれた富を上手く分配したケースにも言及する。例えば市民や労働者が組織化され、エリートが提示するテクノロジーや労働条件に異を唱え、技術の進歩がもたらす利益をより公平に分配するように圧力をかけられたケースを挙げる。あるいは地主や聖職者などのエリートが十分な支配力をもたないために、自らのビジョンを押し付けられず、技術革新から得られる富の余剰を独占できない場合に限られるという。
筆者は、テクノロジーの進路は往々にして歪んでおり、社会的に力のある人々に恩恵をもたらす傾向があると断じる。政治参加や政治的な発言力がない者たちは、往々にして置き去りにされる。とりわけ筆者がデジタル技術によるイノベーションに注ぐ眼差しは厳しい。デジタル技術が普及してからの40年間で、その前の20世紀で発展した共有(共栄)のメカニズムは蝕まれた。さらにAIの到来によって、われわれの未来は不穏なほどかつての農業時代に似はじめていると警鐘を鳴らす。
イノベーションに関する書籍は、極端にポジティブだったり、極端にネガティブだったりすることが少なくないが、筆者の論考は比較的バランスが取れている。珍しく日経新聞と朝日新聞の両方が書評で取り上げるなど注目の1冊である。上下2巻で600ページを超える大著だが、クリアな語り口で読みやすい。ちなみに上巻では農業革命と産業革命をカバーする。
書籍情報
技術革新と不平等の1000年史 上
ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、鬼澤忍・訳、早川書房、p.328、¥3300