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横田英史の読書コーナー

技術革新と不平等の1000年史 下

ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、鬼澤忍・訳、早川書房

2024.5.17  8:36 am

 技術革新の恩恵に浴するのは一部の資本家や権力者で、労働者が豊かになるケースは人類史のなかで極めて少なかったと論じる書の下巻。上巻では富が公平に分配されていた時代も取り上げていたが、下巻は格差拡大につながっている技術革新の在り方を厳しく批判することに多くのページを割く。筆者は、テクノロジー活用の方向性が間違っていると断じる。日本の仕組みが持ち上げられている点に違和感を感じるものの(韓国や中国、台湾も評価が高い)、全体として納得できる内容である。格差是正のための処方箋も提示しており、一読に値する。
     
 筆者によると第2次世界大戦の戦中戦後は格差が急速に縮小した時代だった。あらゆるスキルレベルの労働者に仕事や職が創出された。この時代は、労働者と経営者が生産性向上の恩恵を共有した。しかし現代は、バランスの悪いテクノロジーのポートフォリオによって、繁栄の共有が破壊されたとする。キッカケが、ミルトン・フリードマンによる「企業の社会的責任は利益を増すこと」とするニューヨーク・タイムズに掲載された論文。これが強欲な経営に免罪符を与え、テクノロジーの使用法を誤った方向に曲げた。
     
 AI幻想を舌鋒鋭く批判しているのも本書の特徴である。AIは支配する側を富ませるだけで、民主主義の破壊にもつながると強い警戒心を示す。AIへの心酔がもたらすのは大規模なデータ収集、労働者や市民の無力化と主張する。人間をすっかり機械に置き換えながら、約束していたはずの生産性の向上はほとんど実現されない。AIにできることは「そこそこオートメーション」に過ぎないというのが著者の見立てである。テクノロジー企業に対しても、自らの理念を誰にでも見境なく押し付けてくる存在だと断罪する。
     
 技術革新の在り方を変える方策としては、労働者組織など対抗勢力の結集、巨大テクノロジー企業の解体、富裕税、デジタル広告税、セキュリティネットの強化などを挙げる。

書籍情報

技術革新と不平等の1000年史 下

ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、鬼澤忍・訳、早川書房、p.376、¥3300

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。