横田英史の読書コーナー
インターネット文明
村井純、岩波新書
2024.10.12 11:53 am
インターネットの父と呼ばれる著者の経験と哲学が遺憾なく発揮された書。インターネットの黎明期から興隆、現在にいたるまで最前線に立ち続けている著者の当事者らしいエピソードや技術観、社会観が随所に出ており楽しく読み進めることができる。例えばインターネットの起源では、ARPANETよりも、同じ年に登場し「標準化に対する哲学の原点となったUNIXの方が重要」という見方は興味深い。さらにパケット通信とOSが一体化した4.2BSDこそがインターネットの本当の起源だと、持論を展開する。
筆者は、「周回遅れの先頭ランナーが日本の持ち味」と繰り返す。具体的な事例を挙げ、日本は世界に先駆けて何かをやることは苦手だけど、気づいたらボリュームゾーンの先頭を切っているのが日本のやり方だと断言する。文章はとてもクリアで、ケレン味なく読みやすい。専門家でも戸惑うことが少なからずある略語の読み方に、ルビをふる配慮にも好感が持てる。
本書はプロローグとして、インターネット史に刻まれたふたつの大事件を取り上げる。新型コロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻である。これらの出来事が、インターネットが生活や社会の隅々までに普及することを一気に進ませた。同時に、必需品としてのインターネットの存在を人々の脳裏にしっかりと焼き付けた。
インターネット文明の政策課題や国際政治における問題に発言しているのも興味深い。「インターネット文明で果たすべき日本の役割」の章では、視野の狭い日本の行政に対して辛辣な批判を浴びせる。デジタル庁発足時のエピソードは、上から目線の日本の役所らしく笑える。著者のネームバリューに頼ったお手軽本かと思いつつ購入したが、良い方向に予想を裏切られた。インターネットの初学者だけではなく、詳しい方にもお薦めできる良書である。
書籍情報
インターネット文明
村井純、岩波新書、p.256、¥1056