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横田英史の読書コーナー

日本半導体物語〜パイオニアの証言〜

牧本次生、筑摩選書

2024.10.30  12:00 pm

 ミスター半導体と呼ばれ、半導体のトレンドを予測した「牧本ウェーブ」で知られる筆者による日立製作所の半導体開発70年史。「自分の人生と重ね合わせる形で半導体の歴史を後世に伝える」「自分の体験を通して内側から見た半導体の歴史」と筆者自身がまえがきで語っている。米モトローラのライセンス交渉、H8と68030を巡る特許係争の知られざる舞台裏を明らかにしており興味深い。日立という限られた範囲だが、日本の半導体業界に活気のあった時代を知ることができる。日本の半導体業界が復活に向けて動いている今、参考になる情報が含まれている1冊である。
      
 ただし「日本半導体物語」という本書のタイトルは少々ミスリードだろう。日米半導体摩擦についての言及はあるものの、NECや東芝、富士通などにはほとんど言及していない。日立の経営幹部だった筆者には難しいのかもしれないが、日立から見た他社の個人的印象や感想くらいは可能だっただろう。少々残念である。
      
 本書の特徴の一つは、著者の経歴を反映して、マイクプロセッサやマイコンに相対的に多くのページを割いているところ。この手の本はメモリー主体のことが多いが、本書は一線を画している。ZTATマイコンやH8、SHマイコンなどに言及しており懐かしい。不思議なのは、H16やTRONチップ「Gmicro200」が登場しないところ。失敗からこそ得られる教訓があるはず。無視するのは片手落ちである。
       
 日本半導体が衰退した原因として、日米半導体協定により価格決定権を奪われたこと、重電部門の出身者が半導体事業部長に就任するなど総合電機メーカーの一部門でしかなかった悲哀、コンピュータサイエンスなどシステム技術に対する知識不足、ガラケーとデジカメ、カーナビにこだわりスマホ時代に出遅れたこと、などを挙げる。
     
 半導体メーカーの経営に携わった幹部として、いつ、どこで、どのように経営を誤ったか、多くの工場を抱えながらファウンドリビジネスに進出しなかったのか、なぜマイクロプロセッサでARMに敗北したのかなどの疑問には答えていない。人名の間違いや8088を8ビット・マイクロプロセッサと表現するなど編集の甘さが散見されるのも残念である。

書籍情報

日本半導体物語〜パイオニアの証言〜

牧本次生、筑摩選書、p.272、¥1925

横田 英史 (yokota@et-lab.biz)

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現ITPro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。2003年3月発行人を兼務。
2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。その後、日経BP社執行役員を経て、 2013年1月、日経BPコンサルティング取締役、2016年日経BPソリューションズ代表取締役に就任。2018年3月退任。
2018年4月から日経BP社に戻り、 日経BP総合研究所 グリーンテックラボ 主席研究員、2018年10月退社。2018年11月ETラボ代表、2019年6月一般社団法人組込みシステム技術協会(JASA)理事、現在に至る。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組込み制御、知的財産権、環境問題など。

*本書評の内容は横田個人の意見であり、所属する企業の見解とは関係がありません。