第3回 未踏ソフトウェア創造事業とベンチャー育成と。

新年度スタート!!

当コラム案内役の渡辺のぼるです。
いやぁ〜いつの間にか、2004年度がスタートしていました。新たな気持ちで2004年度に望むぞ!! って、1月にもこんな事を言っていたような気が... 「2004年は組込み元年」と宣言し活動してきましたが、ちょっと修正して「2004年度は組込み元年」って事にしたいと思います。猶予が3ヶ月間も延長となりますので御了承願います。

そんな新たな気持ちの2004年度ですが、組込み関係の祭典の詳細が明らかになってきました。
2つほどご紹介を。
一つは、11月17日から開催されるEmbedded Technology 2004。この通称ETの開催発表会が4月22日に品川プリンスで行われます。開催発表会では、ET2004に関する説明だけでなく、東海大の大原先生が「組込みソフトウェア開発力強化とスキル標準の活用について」というタイトルで特別講演されます。組込みスキル標準策定では、我が師匠である大原先生の特別講演ですのでお勧めです。
もう一つは、F氏企画の「サーベイヤ計画」です。こっちも凄いことになってきましたね。こちらも2004年度、組込み元年の目玉企画の一つです。あぁ〜夏が待ち遠しい。

今回の「SESSAMEの愉快な仲間たち」は、(株)ケイエルエス研究所紀 信邦さんです。
紀さんは、会社経営者、未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャ、大学では産官学連携に携わるという多くの顔を持つ方です。
今回はその辺りを教えていただきながら、組込みエンジニアの姿勢や将来像など導き出したいと思います。

   

渡辺

紀さん、よろしくお願いします。

こちらこそ。自分の活動のポジションの取り方はわかりにくいと思いますので、説明できる機会を与えていただいてうれしいです。

渡辺

そうなんですよぉ。すごい人ってイメージはあるのですが、実はいったい何をやっている人か知らないのです。すみません(^^;
手始めに、紀さんはエンジニアに長く携わっているイメージがありますが、もうどれくらいになるのですか?

プログラマになろうと考えたのが大学3年20歳のときですから、29年になります。
大学では数学基礎論とコンピュータサイエンスを勉強していまして、その延長でいわゆる基本ソフト、OSやコンパイラの仕事に携わるようになりました。その中で組込み系の仕事としては、水平型という特殊なアドレッシング体系を持つシステムのコンパイラとか、8086のエミュレータ・デバッガ、UNIX端末からインサーキット・ エミュレータを操作してソースレベルでトレースできるようにしたシステムが印象に残っています。当時の組込み系は開発環境が良くなかったのですが、多少はユーザのお役に立てたと信じています。

 

起業したのが26歳の時で、直後に偶然入ってきたProlog処理系の仕事で芽が出ました。当時、ICOTという通産省系の第五世代コンピュータの事業があり、PrologやAIに世間の関心が向いていたから売り上げを伸ばすことができたのです。
その後、Prologを社内のシステムに使いたいという大会社にM&A(買収)されますが、そのとき作った大規模システムは今でも稼動しています。当時、有力なPrologのメーカのいくつかは業界の不活性化の流れでマイクロソフトやIBMに吸収されてしまいました。
私は今でも自分が書いたソフトウェアを売っていますからプログラマを続けているとは言えます、本業とは言えなくなりましたが。

渡辺

すごい経歴というか歴史ですね。

SESSAMEとの出会い

渡辺

紀さんがSESSAMEに関わったきっかけを教えてください。Prolog以前にやっていた組込みシステムの開発環境が懐かしいからSESSAMEって事はないですよね?

どこかのメイリングリストで見かけたのが最初ですが、飯塚先生の趣意書に強く賛同したからです。日本のソフトウェア産業が競争力を持つためには優位性がある分野を戦略的に育成しなければいけません。育成するべき分野の一つとして【組込み】も考えていました。趣意書より引用しますが、
「アメリカのコンポーネントソフトウェアの強さに脱帽し放棄するのか,それとも対抗するために,フリーソフト文化の拡大を図って別の競争ルールを導入するか,とびきり優秀なベンチャーがジャンジャン生まれる社会・経済インフラを作るか,これまでの品質に対する常識を覆す契機となる高信頼性コンポーネントを現実に経験させるかなどの何らかの策を講じるのか,業界を挙げて考察すること」という文章に共感しました。

渡辺

育成するべき分野の一つに【組込み】を考えたのは、何か理由があるのですか? 日本は製造業が強かったから? それと【組込み】"も"ってありますが、【組込み】以外に育成するべき分野って、気になりますね。どんな分野ですか? 支障がなければ教えてくださいよ

ひとつは、日本が強いゲームソフトウェア、昨今では政府のコンテンツ育成政策としても取り上げられています。もうひとつ、オープンソース、これは特定のOS一辺倒になっている状況はウイルスの蔓延からも判るように社会的にリスクが大きい。従って多品種のコンピュータが使われるように社会を誘導するべきだということ。【組込み】が候補であるのはパーソナルコンピュータの世界に出来たような独占構造が築きにくいそもそも多品種の世界だからです。ハードが強いこともありますが、日本人は多品種のものを一つづつすり合わせて作ってゆくのが得意なんじゃないでしょうか。

渡辺

ゲームソフトとオープンソースですか、なるほど。つい先日、ゲームソフト開発の方とお友達になったので、この辺りについて意識を聞いてみます。

未踏ソフトウェア創造事業

渡辺

未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャをやられてましたよね? 紀さんの採択基準ってどんな感じなんですか?

ソフトウェアには、「これ、手間暇かけて作ればできるよね」というものと「をっ、何でこんなものが作れるの」という2種類のものがあると思います。前者のタイプのソフトウェアは適切に事業化すれば利益を生みますが、後者のものはリスクが大きいので、特に日本では挑戦する人が少なくなってしまいました。未踏ソフトウェア創造事業は後者のタイプをやってやろうという個人を支援するものであると考えて、「をっ」というタイプのものを採択することにしたわけです。過去2年間のプロジェクト・マネージャの任期の中ではそれなりに「をっ」というものを発掘できたつもりです。

 

もともと、大学を卒業するころには【超革命的プログラマ集団】をいつか形成したいなんて考えていたのですが、実現できていないですね。【超革命的】は横田順彌氏のハチャメチャSFのタイトルみたいですが。

 

組込みの場合でも「手間暇かけて作ればできる」ものをスキル標準の導入などにより品質良く確実に作れるようにする動きと、先鋭的な開発システムへの挑戦など「をっ」というものの両方を狙ってゆきたいですね。

渡辺

「をっ」って良い表現ですね。その「をっ」の未踏ソフトウェア創造事業に近いと思いますが、ベンチャーの育成に力を入れていますよね? ベンチャー育成に関与し始めたきっかけは何なんですか?

ベンチャー育成

ベンチャー育成に転進したのが先なんです。そのコンテクストの中で未踏事業がでてきました。
そもそものきっかけは、数年前のネットバブルのころ、あるメイリングリストで井浦幸雄というスイス在住で日本銀行出身の資産家の方と知り合ったことです。私はネットバブルがバブルであることを確信していましたので、「これはいつか来た道、日本のベンチャー育成に多大な悪影響を与えることになる」と警鐘を鳴らしたのですが、結局井浦氏に日本に戻っていただいてベンチャー育成を始めることになりました。

 

26歳で会社を作ったころの原体験の一つに、ブーム業界で(当時はAIなんですが)新聞に載るようなことをすると、訳判らないベンチャーキャピタルがやってきて投資したがる、ということがありまして、「資金使途がないならばビル買ってください、それで儲かりますから」てなことを言う、まさにバブルを推進していたのです。
ネットバブルのときは投機対象が不動産ではなくてベンチャー企業だったから社会の被害は小さかったのですけれど、ベンチャー企業と業界に悪い影響を与えました。もっとも、株式の新興市場に目を向けさせ、また、政府に【大学発ベンチャー1000社】と言わせた功績は大きいと思います。

 

ベンチャー育成に関するもう一つの流れが、国立大学の独立法人化です。大学など政府機関の独立法人化の流れは社会の仕組みが変わってゆくことを具体的に見せてくれています。日本経済は現在、明治維新クラスの変革期を迎えているはずなのですが、【独立法人化】は廃藩置県と同じような衝撃になるでしょう。大学教官の禄の貰い方は今後変わってゆくと思いますし、ポスドクという浪人も大勢いることですしね。

 

ここまで説明すればもうお解りかと思いますが、大学発ベンチャーは「武士の商法」じゃだめだということです。こちらの方の仕事は、これも偶然参加することになったのですが、東京農工大学というまあ小藩なのですが、非常に良いポジションを持ったところでお手伝いをしております。

渡辺

東京農工大学ですか。ついこの前、機械式計算機の関係で行ってきましたよ。古きよき武蔵野の雰囲気があるキャンパスでしたね。三鷹の通信研究所と同じような雰囲気でした。
大学発ベンチャー、期待しています。がんばってくださいね

 

実は私も近い将来、本屋事業をしようと画策しているのですが、ベンチャーというか起業・独立するエンジニアにアドバイスをお願いします。

商売ができる人と組むこと。日本語で言うと商売、カタカナで言うとマーケティングです。
大学発に限らず技術ベンチャーの人と話をすると「営業が欲しい」と言います。ところがマーケティングができていない。自分の技術、製品またはサービスをどのような構造の市場に投入しようとしているのか理解できていない、それ以前にそれを理解しなければ事業にならないと言うことを理解していない人が多いです。
それで、製品が売れないのは営業力が弱いのが原因であると錯覚してます。これは、目的地にたどり着けない人が「靴が悪い」と言っているのと同じ事で、その前に地図や方位磁石を手に入れ自分のいる場所を見つけなければいけないのに靴のせいにしているってことです。

 

Management of Technology (MOT) という言葉がありますが、カリフォルニア大学バークレー校ではMOTの定義を、"the set of activities associated with bringing high technology products to the marketplace" としています。ハイテクを市場に出すまでの活動ということです。じゃ市場とはなんだということですが、コモデティ商品のマーケティングならば市場の調査のやり様もありノウハウも体系化されています。しかし、ハイテク商品のマーケティングはそれを模倣してもうまく行きません。まだ存在しないかもしれない市場を自分で見つけ出さなければいけないからです。

渡辺

なるほど。新事業や新商品のマーケティングって、そうですよね。
一つ紀さんの見解を聞かせて欲しいのですが、個人的には組込みにおけるTCP/IPミドルウェアってコモデティ商品になっていると考えています。LinuxやWindowsではOS標準搭載ですし。紀さんは、組込み業界でコモデティ商品ってあると思います?

TCP/IPというコンテキストならば、ルータという組込み製品は立派なコモデティですね。組込みシステムがコモデティ化するかどうかはその製品の周辺で標準化がどのように進むかによると思います。何らかの意味で標準化が進めばコモデティとなる可能性がある。さきほど申し上げたように組込みの場合はハードがばらばらですからパーソナルコンピュータのような標準化は進みにくいでしょう。しかし、ルータ以前にも電卓という組込み製品の中身はコモデティ化していますよね。

 

結局は時間の問題だと思います。標準が決まれば組込み化されハード部分が増えて大量生産に向くようになる、価格が下がってコモデティになります。携帯電話は進化が激しいからまだそうならないでしょう。要求性能や機能が安定することもコモデティ化には必要だからです。

渡辺

なるほど。けど「要求性能や機能が安定」するって言っても、洗剤やトイレットペーパーみたいに少しずつは性能UPするのがコモデティ製品の特徴かもしれませんね。勉強になりました。m(_ _)m
最後に、今後の組込みソフト業界やエンジニアに一言お願いします。

組込みソフトの場合は、ソフトウェアが加工しやすい部品であることが災いしています。ハードウェアと比べて加工コスト・製造コストが小さいので、コストを掛けなくて済むものと錯覚されているのでしょう。その結果、ソフトウェアの設計コスト・品質コストが圧縮されてしまったのがこの世界の不幸です。多少雑な設計をしていても一応動いているように見えるものは作れてしまうのが間違いの元で、高品質に仕上げることは実は非常に難しいのです。
一方、ソフトウェアの開発戦力の不足からこれまでソフトウェア技術者はずいぶん甘やかされてきたと思います。ソフトの品質が低くても許されてきましたから。それじゃいけないですね。

 

ソフトウェアは加工しやすいが非常に複雑で品質管理が難しいという特性を持った部品であるという風にハード寄りの人が理解してくれるとちょっと変わるかもしれないですね。

渡辺

なるほど、そうですね。インタビューは以上です。ありがとうございました。これからも御指導よろしくお願いします。

お疲れ様でした。
セサミに参加されている人たちのエネルギーはすごいですね。優れた活動と成果を生み出していると思います。実質的な活動にあまり参加できなくて申し訳ないのですが、NPO法人の監査を仰せつかりましたので、高品質の監査を目指すという方向でお手伝いしたいと思います。

未踏プロジェクトとベンチャー育成などは、普通の組込みエンジニアには縁遠い取組みだと思われます。今回のインタビューと通して、興味を持って頂ければ嬉しいです。未踏ソフトやベンチャーに挑戦するようなエンジニアが増えて、良質の市場が形成されることを期待しています。
それと私はスキル的に参加不可能ですが、【超革命的プログラマ集団】の実現も期待しています。紀さんみたいなパワフルなおじさん達(^^; に負けないよう、私もがんばります。

さて話は変わり、SESSAMEの近況報告を少々。
SESSAME恒例の合宿が3月に行われました。前回までの熱海から小田原に場所を変え開催し、組込みソフト・スキル標準に関する審議や、セミナーコンテンツに関する審議を集中的に行ってきました。スキル標準の審議では長時間に渡り被告人席状態。ヘトヘトになった2日間でした。

SESSAMEの2004年度活動計画も明確になりました。SESSAMEは今年度もパワフルに活動していきます。業界関係者の方々の御指導、御支援をお願いします。

当コラムに関する御意見、御要望、御感想など、メールをお待ちしています。
可能であれば他の方も交えてお話したいと思います。方法としては以下の2つがあります。
SESSAMEに入会のうえ、SESSAMEメーリングリスト上で議論
・日本の組み込み情報 Engineer - 組み込み技術者のためのML に登録し議論

バックナンバー

>> 第1回 2004年は"組込み元年"。皆さん一緒に盛り上がりましょう!!

>> 第2回 文献ポインタ集に魅せられて


渡辺 登

1986年、沖通信システム(株)に入社。加入者線装置,中継/伝送装置,PHS,携帯電話機などの組込みソフトウェア開発に従事。
リックテレコム社の情報処理(ネットワーク)試験対策本解説執筆や社内講師なども手掛ける。
SESSAMEでは、組込みソフトのスキル標準作成に関する草案作成とモデレータを担当。この流れから、経済産業省の"組込みソフトウェア開発力強化推進委員会準備会"に参画。
自称:組込みソフト・スキル標準エバンジェリスト。
特技はサッカー。しかし、プレー中に左膝前十字靭帯の切断により現役生活に幕を降ろしている。
メールアドレス:noboru2000gt@yahoo.co.jp