第5回 宮城県産業技術総合センターにおける組込み関連技術への取り組み紹介

北海道からスタートして山形、福井における組込み関連の活動や ユニークな企業を紹介してきましたが、今回は再び北上して宮城県産業技術総合センターから宮城県におけるOSからFPGAに至る幅広い組込みシステム技術開発の支援活動を紹介してもらいました。楽天イーグルスの本拠地となった仙台。野球だけでなく組込み技術も結構、盛り上がっているようです。


■ 公設試とは?

最初に、理解を深めるために宮城県産業技術総合センターを含む公設の施設の総称である公設試について、少々堅い話であるが、説明したい。
 公設試とは、公設試験研究機関の略称であり、地域の産業を技術の側面から支援することを目的に、各地方自治体に設置されている研究機関をいう。工業系では、○○県工業技術センター等の名称で全国の都道府県及び大都市に設置されている。全国工業系公設試のホームページについては、ここのリンク集を参照して欲しい。
 従来からの公設試の役割は「中小企業の技術支援」であり、研究開発の他、技術指導、技術相談、依頼試験・分析、技術講習会、研修生の受入、技術情報の提供など多様な事業を展開している。一例として、高額な最先端の試験・分析機器を整備し、安価な使用料で地域の中小企業に開放するといった業務を行っている。
 近年、安価な労働力を求めて海外への生産工場の移転が進む中で、中小企業を取り巻く環境も大きく変化し、生き残りのために一芸に秀でるといった特色ある事業活動を展開しようとする中小企業が増えつつある。このような状況での公設試は、従来の産業分野全般の技術支援のみならず、将来の地域経済を支える可能性のある技術を育てる役割も期待されている。
 宮城県産業技術総合センターでは、電気機械製造業を支える基本技術として組込み技術に着目し、数年前より研究開発、技術研修等を行っている。ここでは、当センターにおける組込み関連技術への取り組みを紹介したい。

 

宮城県産業技術総合センター外観

■宮城県の産業構造

 宮城県の製造業出荷額の全国順位をご存じだろうか? 全国47都道府県中、なんとちょうど真ん中の24位であり、その順位はここ数年安定している。というと、中庸で特徴のなさそうな県に聞こえるかもしれないが、海有り、山有り、平野有りの豊かな自然を背景に、以下のような特徴ある産業構造を形成している。
 宮城県は東北の中心に位置することから、東北の商業の中心として栄えてきた。また、海・山・大地の育む多彩で豊富な食材に恵まれていることから、製造品出荷額の最も多い業種は食料品製造業となっている。次いで、電子部品製造業、電気機械製造業で、多少なりとも組込み技術に関係のありそうな、これらの業界の工業出荷額を合わせると全出荷額の3割を越えることが、当センターが組込み技術に取り組む理由の一つとなっている。

■宮城県産業技術総合センターにおける組込み関連技術への取り組み

組込みソフトウェア

●取り組むきっかけ

 公設試の役割として、個別の特定企業ではなく地域の関連企業全体の利益増につながる活動を行うことが求められている。そういった点で、OSやミドルウェア等の誰もが利用する組込みソフトウェアの基本ソフトウェアを開発し、オープンソースとして地域の企業に無料で利用してもらうことは、研修やセミナー等の技術普及活動によるフォローアップを含めて公設試の役割に合致していると言える。
 当センターの組込みソフトウェアへの関わりは、平成10年に豊橋技術科学大学(当時)の高田広章先生をお呼びして県内企業向けに技術セミナーを開催したことに始まる。その後、先生の研究室に当センター職員を受託研究員として半年間派遣し、μITRONベースリアルタイムOSの基礎技術を習得させた。高田先生には今日に至るまで、当センターの組込みソフトウェア開発に関して、様々な局面でご支援いただいている。平成13年には、その派遣職員がμITRON4.0仕様のSH1用リアルタイムOSを開発し公開した。また、平成14年よりNPO法人TOPPERSプロジェクトの設立準備委員会に参加し、平成15年設立と同時に特別会員として加入している。ちなみに、TOPPERSプロジェクトのトレードマークである青いTの文字は、当センターのモノ作り設計支援班がデザインを担当している。

●地域新生コンソーシアム研究開発事業

 平成14年度より経済産業省の事業である地域新生コンソーシアム研究開発事業に「組込みシステム・オープンプラットホームの構築とその実用化開発」と題して、産学官による1大学・2高専・4公設試・6企業のコンソーシアムを組織して応募し、東北経済産業局より(財)みやぎ産業振興機構を委託先として2年間の共同研究事業として採択された。当該事業は豊橋技術科学大学の高田広章助教授(現名古屋大学教授)を統括研究代表者として、北海道、東北、名古屋、各地区の産学官参加機関により研究開発を行った。
 本事業は、企業の組込みシステム開発において、著しい開発の効率化・開発期間の短縮化・開発コストの低減化をもたらすために、組込みシステム・オープンプラットホームを構築することを目的とした。
 オープンプラットホームとは、以下の機能を備えた組込みソフトウェア開発基盤をいう。

リアルタイムOS、デバッガ、統合開発環境、ミドルウェア、デバイスドライバ等の、広範にわたる有用なソフトウェア資産を保有する組込みシステムの開発基盤である。

それらのソフトウェア資産は、ソースコードまでオープンであり、利用企業での特殊な製品への応用・進化させる基盤である。

それらのソフトウェア資産は、フリーで配布(ダウンロード)される。経営資源の乏しい地域企業にとって画期的な低コスト開発を促す基盤である。

 本事業では、大学、高専、公設試が中心となって、リアルタイムOS、ミドルウェア、統合開発環境等の基本ソフトウェアを開発し、それらの開発成果はTOPPERSプロジェクトを介して、オープンソースソフトウェアとして公開されている。ちなみに、本事業で苫小牧高専の阿部研究室が開発したITRON TCP/IP API仕様に準拠したTCP/IP プロトコルスタックであるTINETは第6回LSI IPデザインアワードのIP賞に選出されている。
 さらに、開発した組込みソフトウェア資産を参加企業が通信・制御・計測分野等の組込み製品へ応用し、その実用性を検証した。例として、宮城県内企業である(株)中央製作所が開発した汎用監視制御ユニットを紹介する。当該製品は、MPUとしてSH1を採用し、多数のサーバーの集中するフロア内またはラック内の温度、湿度、消費電流(AC,DC)を遠隔測定し、webサーバにて測定データをリアルタイムに収集する機能を備えている。

 

(株)中央製作所の汎用監視制御ユニット

●組込みソフトウェア関連技術研修

 当センターでは、研究開発のみならず、組込みソフトウェア関連の技術普及を目的とした研修事業を平成10年度より継続して実施している。平成16年度は宮城県内のIT系企業に組込み業界へ新規参入する技術力をつけることを目的とした制御用基本ソフトウェア技術開発支援事業を実施した。
 これは、主として県内のIT系企業に所属するソフトウェア開発技術者10名に対し、有料で要求分析→設計→実装→テストに至る上流から下流に至るソフトウェア開発工程を網羅した6回の研修と総合演習を実施したものである。こうした一連の研修は当センターでも初めての試みであったが、参加企業からは組込みシステム開発の流れを網羅した研修として高い評価が得られた。
 この他にも5名程度の受講生が集まれば、任意の時期に2〜3日程度の実習込み研修を行う有料受入研修も実施しており、企業の新人研修の一環として利用することも可能である。

 

研修風景

◆組込みハードウェア(FPGA)

●地方における「on time」な技術情報を得る環境を構築

 組込み技術では、ソフトウェアの確実な動作には、最適なハードウェアの設計開発が不可欠である。当センターでは、組込みソフトウェアだけでなく、組込みハードウェアに関しても取り組んでいる。具体的には、書き換え可能なハードウェアデバイスであるFPGA(Field Programmable Gate Array)を活用した研究開発及び技術普及活動を行っている。 ここ数年、FPGAは大規模化かつ複雑化してきている。技術者としては、HDL(Hardware Descripsion Language:ハードウェア記述言語)で記述できれば評価された時代から、CPU、高速I/O、PLL等が搭載され、ロジック設計のみならずハードウェア全般を扱える設計スキルが必要な時代になりつつある。また、日に日に新しいデバイスが登場し、開発ツールのバージョンアップがあり、地方にいる技術者が独力で最新技術を追っていくのは困難な状況にある。技術情報入手の手段として、FPGAベンダーのホームページからの情報収集が挙げられるが、本当に欲しい情報が記載されているとは限らない。詳細かつ確実な情報を得るためには、FPGAベンダーの技術者との面と向かっての情報交換や、展示会やセミナー等に参加して、講演者や出展者の方々との活発な議論は必要である。ところが、FPGAベンダー主催の研修会、EDSフェア等のFPGA関連展示会、各種セミナーは主に首都圏で開催されており、地方の中小企業が技術者を出席させるためには、交通費及び宿泊費を負担しなくてはならない。このように、インターネットの発達した現代であっても、最新技術情報入手に関しては地方の中小企業は首都圏の企業に比べ不利な環境にあるといえる。
 こういった状況を僅かでも改善するために、数年前から宮城県内でFPGAに関する最新技術情報を紹介するミニ展示会を企画できないかを当センター内で検討していた。ちょうどその頃、大阪・福岡・札幌で、FPGAカンファレンス実行委員会(現FPGAコンソーシアム)による地方へのFPGA最新設計技術の普及を目的としたカンファレンス開催活動がスタートしており、当センターからの提案により平成14年より仙台でも開催することが決まった。この仙台FPGAカンファレンスは、継続して年1回のペースで開催されており、毎回80名程度の技術者に参加いただいている。現在FPGAカンファレンスは、前述の4都市に名古屋を加えた5都市で開催され、特に平成16年は宮城県内の産学官が強力して集客に努めたことから、5都市の中では福岡に次ぐ人数の方が参加され、FPGAコンソーシアム関係者からは非常に驚かれた。我々としては、現状の技術普及活動をベースに、今後どのように地域企業に対して支援のメニューを広げていけるか、非常に責任は重いと考えている。

 

仙台FPGAカンファレンス

●大学との連携

 FPGAは製品開発のための道具であり、その機能を有効活用するためには、具体的な開発ターゲットを定めた研究開発を継続していなければ、我々自身のスキル・レベルが上がらないと考えている。そこで、最新FPGAのアプリケーション先としてユビキタス社会の実現には不可欠な無線LANの分野に着目した。無線LANシステムを設計・試作する場合、ベースバンド部やMAC部で最先端のFPGAが使用され、その機能がフル活用されるため、技術的ノウハウが蓄積されるという利点がある。一方で、無線LANシステムの開発には、高周波設計・計測技術、ロジック設計、組込みソフトウェア設計、ネットワーク技術等を広く深く知る必要があり、それらの中には当センターに技術蓄積の無い分野が含まれる。そこで、当センターは平成15年度に東北大学電気通信研究所と研究開発に係る相互協力協定を締結した。この協定により、電気通信研究所側には地域との連携促進、当センター側には専門技術のレベルアップ、という相互のメリットが考えられる。本協定に基づく現状の具体的活動として、東北大学電気通信研究所IT-21センターを中心に進められているプロジェクトに参画し、高速無線LAN端末の開発に参加したり、IEEE802.11標準化会議に常時参加するなど、無線LAN分野に特化した研究・調査活動が挙げられる。また、IT-21センターとの共催で、地域企業技術者を対象とした、設計実習やセミナーを開催している。

 

IEEE802.11標準化会議 in アトランタ

 

IT-21センター共催セミナー

■産技連組込み技術研究会

 産技連とは、産業技術連携推進会議の略称であり、公設試相互及び産業技術総合研究所との協力体制を強化し、我が国の産業の発展に貢献することを目的として設置された。産技連は技術分野別に機械・金属部会、物質工学部会、生命工学部会等の9つの部会に分かれて活動している。
 こういった産技連の情報・電子部会の下部組織である情報技術分科会に、前述した地域新生コンソーシアム研究開発事業に参加した4公設試(宮城県産業技術総合センター、北海道立工業試験場、福島県ハイテクプラザ、名古屋市工業研究所)が中心となって、平成15年度より組込み技術研究会が立ち上げられた。平成17年4月1日現在、参加機関は31機関を数えるまでになっており、その所在地は北は北海道から南は鹿児島県に至るまで全国にわたっている。

 

研究会参加機関のある都道府県(赤)

 本研究会は参加各機関の相互協力により、組込み技術の実用化、技術力の向上、情報共有を通して、組込みシステム技術ならびに産業を振興し、情報化社会の発展に資することを設立目的としている。本研究会の活動内容は研究開発、人材育成、交流促進、成果普及の4つにまとめられる。特に、交流促進では年1回の総会を実施し、組込み関連技術に関する地方公設試間の情報共有を図っている。
 本研究会で取り扱う組込み技術はソフトウェアからハードウェアまで対象分野が多岐にわたるため、会員機関の興味のある技術分野についてアンケート調査を実施し、μITRON、組込みLinux、FPGAの三つのサブグループに分かれて活動を継続していくこととした。各サブグループ毎のメーリングリストも設置し、技術分野毎の情報交換の環境を整えた。各サブグループの活動として、μITRON関連では、若手公設試職員を対象にした人材育成として、NPO法人TOPPERSプロジェクトのご協力で、「TOPPERS初級実装講師教育セミナー(平成16年7月1日〜2日開催)」に研究会参加機関職員7名が受講させていただいた。FPGA関連ではFPGAコンソーシアム主催の第7回5都市FPGAカンファレンス2004の仙台会場では展示ブースを設置し、組込み技術研究会の活動をアピールした。

 

仙台FPGAカンファレンスブース写真

■終わりに

 平成17年は宮城県で久方ぶりのプロ野球球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」が活動開始する。この新球団の勝敗はもちろんであるが、設立による経済効果がどのようなものであるか地元の期待は大きい。親会社である楽天は、ITビジネスの雄として著名であり、IT技術を駆使してファンサービスに努めることを宣言している。これが東北地方へのIT普及の突破口の一つとなるかもしれず、今後数年間は東北地方、特に宮城県から目が離せない状況が続くと思われる。

 参考)宮城県産業技術総合センターのホームページ
    http://www.mit.pref.miyagi.jp/

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