第8回 裁判制度と仲裁等

1)裁判所の変貌

平成10年1月1日に新民事訴訟法が施行され、裁判の進行に大きな変化が現れています。最近では、出訴から2年ほどで判決が出ていますし、それを1年にするよう審理の迅速化が計られています。その仕組みとして、従来無かった民事訴訟規則(最高裁規則)を作り訴状の内容を細かく規定しています。

知財権に関わる経済裁判では、時間が掛かると実質的な損害がどんどん膨らむので、歓迎すべき事態です。なお、平成13年1月1日より、裁判所に提出する書類は総てA4,ヨコ書きとなりました。

また、最高裁判所のHPは判例を知る重要なニュースソースですが、知的財産法に関しては、判決があった次の日にはアップされることがあるとも言われるほどです。

2)裁判に巻き込まれたら

(1)三権分立

争いの決着は司法権のある裁判所へ出訴することになります。出頭状を受け取ったら、とにかく必ず連絡し、日時に不都合があれば申し出ることです。対応しないと、欠席裁判で相手方の主張が正しいと認められてしまいます。

(2)裁判管轄

訴訟内容によって、訴える裁判所が決められています。民事裁判である侵害裁判で例をあげると、相手ないし自分の本社の所属する地、ないし侵害の発生した地となっており、自分に有利な裁判所を選んで行うのが普通です。契約に裁判管轄の定めをおくのは、自己に有利な裁判所を優先的に適用させるためです。

(3)代理人

裁判においては、本人訴訟が原則であり、弁護士を代理人として使うことができます。代理人とは、本人に代わって、本人に対する不利益行為も出来るので、当事者間の信用が第一です。

従来からも、審決等に対する訴え(東京高等裁判所)では、弁理士も法廷に立てる建前でしたが、平成14年4月の改正法で、弁理士単独でも法廷に立てる路が開かれました。

3)裁判の仕組み

(1)一般の裁判

一般の民事裁判では三審制が取られています。特許権の侵害事件は、民事事件ですから、通常の裁判制度に則って進めることになります。

一審が地方裁判所、二審が高等裁判所、三審が最高裁判所となっていますが、事実審といわれ、証拠に基づいて判断するのは、二審の高等裁判所までです。最高裁判所は法令の適用や判断が適切か否かを判断するだけ、判断が必要と考える案件のみ扱うと考えてよいでしょう。その判断は下級審を拘束します。

特許に関しては、下記に説明しますが、少々異なります。

(2)知財関係の裁判

知的財産に関する不服申してについては、民事上のルートとは異なり、一審は特許庁の審判が該当します。行政機関が一審を担うことになっているのは非常に特異です。そして、特許庁の審決に不服な場合には、東京高等裁判所に提起することになります。この上級審は東京高等裁判所の専属管轄で、全国で唯一です。これも一般の裁判が各地に高裁をもっていることに比較して特異です。これらは、裁判内容が技術を含めた専門的であるが故と言われています。

4)審理

(1)一般の裁判に置ける審理

ここでは、民事訴訟を例に説明します。まず、ファクトファインデングと称する事実の認定作業が行われます。争いのない事実(証拠が必要とされない)と、当事者の一方が主張するなど異なった主張の部分とを分けて、争いの部分を特定します。その部分にどちらがどれだけ合理的な説明ができるのかを証拠を出して争うのです。そして、それにより裁判官が心証を形成し、判断するのです。

挙証責任は原則としては言い出した原告側にあります。しかし、例えば無い事の証明は難しいですが、在ることの証明は一つの事実を示せば足りるので、証明の難易を考慮して、被告が責任を負う場合があります。

また、審理対象になるのは、被告原告が取り上げた証拠と事実によってのみで判断しなければ公平ではありません(自由心証主義)。ですから、裁判官が仮に一方に不利な証拠をたまたま知ったとしても、それが裁判の場に出なければ審理対象とはなりません。ですから事実と違う結果となる場合もありえます。

判決は上級審に対する出訴期間を過ぎると確定し、強制力があります。ですから損害賠償額として決められた金額を支払わないと他の財産が差し押さられて、競売され充当されます。

米国での訴訟には故意が認定されると3倍賠償がありますが、日本にはありません。しかし、民法の改正などの後押しを受けて、日本でも侵害の罰則で法人の罰金刑の上限が1億五千万円になっています。また賠償額の算定方式を変えてきており、違反しても儲かるといった不公平な状態が解消しつつあります。

(2)知財関係の審理

特許庁での審判では職権探知主義が取られます。当事者が申し立てない事実であっても審判官自ら調べて証拠とすることが出来るのです。審査官が登録できない資料を探すのと同じです。通常の裁判は、私人間の争いで、当人たちの利害関係で済みますが、特許権は権利者以外を強く拘束し、公益に強く関わるので、慎重に審理することにしているからです。

5)判例研究

判決は原則として、その事件のみを拘束します。しかし判断理由にある考え方は参考になります。したがって、判決の出た経緯を知って、その適用できる範囲を考えることで、判例としての意味が出てきます。

6)特許庁の審判と裁判所との関係

ここで、特許庁の審判と裁判所での仕組みの違いをまとめておきます。

(1)当事者

知財関係では、拒絶査定不服審判などの査定系の審判では、出願人と特許庁が争いますが、特許無効審判などのいわゆる当事者系の裁判は特殊です。通常の裁判では、当事者が登場するのですが、無効審判の審決取り消しでは、判断をした特許庁長官でなく、権利者が出ていくことになっているのです。

(2)審理

通常の民事裁判では、自由心証主義がとられますが、知財関係は職権(探知)主義が取られていますので、大きく異なります。

(3)判断基準の違い

知財関係の裁判制度は特殊であり、一審にあたる地裁の判決がなく、準司法的手続きを行政庁である特許庁が行うことになっているので、行政判断と司法判断の違い、即ち判断基準が異なる場合があります。

最近の判例では、当然無効な特許で権利行使は権利の乱用に当たるとして、裁判所は特許の(当然)無効まで判断するようになってきています。

上記のような違いを認めていると混乱が起きます。これからは、裁判所が主導権をとって、知的財産法の解釈を統一する必要が生じてきているように思われます。

プロパテント政策を強力に推し進める為にも、そろそろ米国のように知財専門の特許裁判所(米国の連邦巡回控訴裁判所(CAFC))が必要となる時期に来ています。司法制度改革推進計画では、東京・大阪両地方裁判所への専属管轄化を図ることとし、その内容を定めた民事訴訟法の一部改正が7月に公布されました。

7)仲裁(ADR)

裁判ではないですが、裁判に依らないで、問題を解決する手段として、仲裁機関を利用する路があります。日本でも、日本弁理士会、日本弁護士連合会が共同で、知的財産仲裁センターが設立されています。

裁判では、原則公開となっているのに対し、この仲裁では、内容を秘密にすることができます。

仲裁機関を利用するには、相手がそうした機関を利用することに同意することが必要で、合意ができれば訴訟を起こすことはできません。まだ日が浅くあまり実績がありませんが、合理的な判断が認知されてくれば、利用者が増えるものと思われます。

8)米国の法制

(1)提訴されたら

日本では、権利を無効とするには無効審判と異議申し立てが利用できますが、米国では、無効にする手段が、侵害訴訟における無効の抗弁、抵触審判による無効、再審査制度の利用などがあり、ケースバイケースです。米国で訴えられたら、当地の特許弁護士を採用して裁判するか、相手と交渉して和解するかいずれかになるでしょう。いずれにしても弁護士費用は莫大になることは避けられません。

案件の規模によりますが、数千万〜数億円は必要でしょう。勝訴すればその費用は相手が払います。ですから、日本で米国特許訴訟に詳しい弁護士に相手の訴えている内容を検討してもらい、勝てる自信があれば、裁判もその一手段です。

知財を扱う日本の法曹界では、米国の特許弁護士(Patent Attorney)のように、弁護士資格と弁理士資格の両方を持つ人はほんの少数です。弁護士の人員増が計画されていますが、それでも産業界はその恩恵に浴せるにはまだまだ時間が掛かりそうです。

(2)特徴的な制度

<1>デスカバリー

数万枚の文書がひっくり返されるのがこのデスカバリーです。裁判が始まる前に、双方の弁護士の下に証拠を集めるわけです。原則として、相手側から請求のあった文書は総て対象になります。物証ばかりではありません、インタビューを通じた証言も取ります。こうした準備の下に裁判が始まるのです。証拠を非開示とできるのは、弁護士とのやり取りなどの一定の文書です。

<2>三倍賠償

懲罰的な意味を持たしたのがこの三倍賠償で、行為に故意が見とめられるとこの罰則が適用されます。

<3>ITC(国際貿易委員会)

ITCは司法機関でなく、行政委員会で、その由来は古く南北戦争当時にさかのぼります。特別な組織を作り、戦費の増大を関税収入の増額でまかなったことにITCの原型があるとされます。したがって、きわめて政策色の強い組織で、守るべきは納税者の利益ですから、裁判所の判決とは別な解が出てもおかしくありません。回答期限などの手続き期間が極めて短いのが特徴です。米国企業には提訴するために準備ができますが、外国企業では不意打ち的となります。

古い統計によれば、およそ半分の事例が和解で終わっています。それもおそらく米国側に有利な条件で。提訴する側は、勝たなくとも和解でうまくやろうとすることで、ITC提訴が好まれていると解説は伝えています。米国の利に結びつかないと有利な判断が出ないと考えた方がよいでしょう。

ですから、現地生産しているなど、米国に寄与していればともかく、そうでないと不利に働くことは否なめません。

バックナンバー 

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

>> 第6回 発明者の権利と実施権等

>> 第7回 知的財産権の活用

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp