第9回 新しい分野の知的財産権

1)特許法の改正

(1)発明の定義

新しい産業の成立とともに、法律の及ぶ範囲が変わってきています。その顕著な例は、発明の内容です。特許法2条柱書きによる「発明」の定義は、「自然法則を利用した技術的思想のうち高度なもの」をいうとあります。この自然法則が問題で、自然法則に基づかない計算方法などは対象外とされてきました。

したがって、ソフトウエアはどうするのだと言う議論が続けられていましたが、平成14年4月には「物」にはプログラムが含まれると明記する法改正案が成立しました。

このように、従来プログラムについて権利化を認めなかった運用も、審査基準レベルでは、物の発明であれば、記憶媒体による特許としては1997年4月から、記憶媒体に記録されていない純然たるプログラム特許としては2001年1月から「物の発明」として認める運用がされていましたが、追認された訳です。特許庁のHPの審査情報に、このソフトウェア関連発明とビジネス関連発明としてこの経緯について解説があります。米国では、既にプログラムという表現の他、ネットリストやデータベースなどといった内容でも登録が認められており、日本も追従せざるを得ないでしょう。

設計データの場合、それ自体を売買の対象にしようということで、半導体IPコアについては、別な動きがあり、他の回で説明します。プログラム著作権と従来呼んできた部分が特許の対象になり得るというのですから、研究・技術開発である技術体系を構築したとして、それをどのように権利化していくのかあらかじめ、権利内容を仕訳しておくことが今後大切な仕事になりそうです。

(2)実施行為や新規性判断基

インタネット社会では、国境はあって無い様なものです。国としての貿易統計など意味をなさなくなる可能性がありますし、また関税をかけることすらできなくなります。これもプログラムの権利化と同様、今回の法改正案には、ネット上の送信行為も含むように盛り込まれました。

また、新規性の判断基準では、平成12年1月1日からインタネットのHPなどの情報も対象になりました。インタネットによる情報収集が企業活動でもメジャーになってきたことによります。商標の登録要件のサーチ範囲もHPまで対象が広がっています。

2)ビジネス方法特許

日本では、ビジネス方法特許とは、「情報処理システムやそのネットワークを使って実現した新しいビジネスのやり方や仕組み」と認識されています。

即ち,純粋なビジネス方法は「発明」に該当しないが、IT技術を利用してビジネス方法を実現するものは「発明」に該当する場合が生ずるとしています。特許庁のHPには、ビジネス方法の特許に関するQ&Aが掲載されています

従来、ビジネス方法は発明に該当するのかと言う議論があり、計算方法のような純粋なアルゴリズムは認められませんでした。それが、装置に関連つけた、あるいはFDなどの記憶媒体に格納されたソフトウエアを認めるようになり、1998年7月米国連邦高等裁判所の判決(State Street Bank事件)でCAFCは次の様に判決して、ビジネス方法までもが保護されることが明らかになり、ブームとなりました。即ち、発明が、数学的アルゴリズム(数学の公式のようなもの)を含んでいても「有用、具体的かつ有形(useful、 concrete and tangible result)」の結果を備えていれば、よいというのです。

しかし、従来からあるビジネス方法が電話からインタネットにと道具を変更しただけで権利化できるわけではありません。発明である以上、新規性や進歩性といった特許要件を満たさねばなりません。ですから幾らIT技術を使ったとはいえ、誰もが知っているような方法・手段であれば登録されないのも当然です。

日本では、登録されるのは出願数の1/4程度が現状です。審査資料の整備も充実してきていることも大きな要因であると考えられます。拒絶される多くの場合が、従来からある事実との差異化ができていない(進歩性なし)とされているようです。
特許庁の審査に関して、そのHPの審査情報に「ビジネス方法の特許に関する対応方針」が示されています。

出願に当たって、ソフト関係の出願では、この従来技術の資料がなかなか集まらない。今までの単なるキーワード検索では、難しいかもしれません。最近、技術開発の技法で「TRIZ」と称するアイデアの概念で原理を検索するソフトが出てきていますが、こうしたコンセプトを抽出してそれを表示することになれば、出願前に行うサーチの質も大いに上がることでしょう。今後、こうしたナレッジマネジメントのビジネスドメインは成長分野と位置付けられています。

現実にビジネスモデル特許を出願したいのでしたら、ぜひ弁理士のみならずコンサルタントと相談してみてください。それを使用してビジネスをしたいのであれば、実行手段を良く考えておかないと抜け穴だらけの権利で、他人に自分のアイデアを公開するだけだったりしますから。

また、出願においては、その具体的な態様を記載する必要があります。そうするとインタネットを使用した様々な態様と機器を知っていることが必要ですが、これがなかなか資料としては集まり難いのです。

逆に、ビジネスモデルを売りこまれたら、その実施態様を良く聞いて見ましょう。単なるアイデアか実施して実績のある場合との区別ができます。実施していないケースでは技術的に未熟な部分があって、実施できないこともあります。

3)新しい産業分野

(1)ナノテクノロジー

従来と桁違いの大きさを扱うナノテクノロジーは、技術革新を担う最前線でも話題の多い分野です。サイズが変わることで物質の性質や挙動が変わってしまうことが知られており、内容が明らかになるにつれ、その影響の大きさがわかるようになってきました。こうした分野は発明と言うより、発見に近い内容も多々出てくると考えられます。しかし、日本特許法上は、単なる発見では権利化が難しい状況で、応用が限られると権利範囲は狭いものとなってしまうことは、前に書きました。

米国の有用であれば権利を認め、均等論で広く解釈するような体制と比較すると日本での権利化はハンデイとなります。現行では、是非日本出願だけでなく、米国出願を試みてください。

(2)バイオテクノロジ

生命科学(バイオテクノロジ)分野ではソフトウエアと同じような難しい課題があります。

従来、「医療行為」は産業としては認められていません。したがって医者には権利が及びませんでしたが、米国では医者に権利が及び、例えば、新しい治療法などを使用とすると差止められる場合があります。

一時は加熱気味の遺伝子解析では、ゲノムについて配列の解明だけでは特許の対象としないことが、先進国間では共通の合意になっています。

ここでは、いわゆる公序良俗といった公益と特許の効果としての産業振興との調和が求められます。自己の遺伝資源や伝統的な知識が特定の者の独占物になることへの課題、エイズ薬で例があったように権利を持つ者が独占していて死者を増やしているとの批難は今後環境問題を含めて、特許が公益とのバランスをかなり考慮しなければならなくなることを示しています。一方で、何が「公益」か何が「私益」かの判断基準が曖昧になってきている現実があります。

特許法でも、不実施の場合、公共の利益の為、権利調整の為など産業振興に寄与させる障害となる場合に限って、法律で実施したい人に権利(裁定実施権)を与える仕組みがあります。
これまで、ほとんど使われてきませんでしたが、今後はこうした権利が注目を浴びる時代が来るかもしれません。

バックナンバー 

>> 第1回 序論

>> 第2回 知的財産の対象

>> 第3回 権利化はどうするか(1)

>> 第4回 権利化はどうするか(2)

>> 第5回 権利化をどうするか(3)

>> 第6回 発明者の権利と実施権等

>> 第7回 知的財産権の活用

>> 第8回 裁判制度と仲裁等

   

2003.07.01寄稿

知的財産制度の光と影 (携帯の表示特許に寄せて)


萩本 英二

1973年早稲田大学大学院 理工学研究科修了 同年、日本電気(株)に入社。
集積回路事業部 第二製品技術部 容器班に配属される。
以後、封止樹脂開発、セラミックパッケージ開発、PPGAなどの基板パッケージ開発を経て、1986年スコットランド工場(NECSUK)へ出向、DRAM生産をサポート。
1990年帰任、半導体高密度実装技術本部にてTABなどのコンピュータ事業むけパッケージ開発、BGA、CSP等の 面実装パッケージ開発に従事する。
1998年、半導体特許技術センタへ異動、2000年弁理士登録。
現在、NECエレクトロニクス(株) 知的財産部 勤務
主な著作に「CSP技術のすべて」「CSP技術のすべて(2)」の著作(工業調査会刊)がある。
メールアドレス:hagimoto@flamenco.plala.or.jp