横田英史の読書コーナー(1999年版)

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1999.12.24●「金融行政の敗因」,西村吉正,文春新書,\710

 元大蔵省銀行局長,現・早稲田大学教授が振り返ったバブル期とバブル後の金融行政を振り返った書。最初のうちは弁解がましい内容で,少々興ざめだが半ば以降は,率直な話も織り交ぜて結構面白い。少々及び腰だが,裏話も書き込まれていて読ませる。文章もこなれていて,行政側からみたバブルの構造がよく分かる。

1999.12.22●「安部先生,患者の命を蔑ろにしましたね」,桜井よしこ,中央公論新社,\2300

 エイズ薬害訴訟を扱った書。600ページ近くもある大著。ただし,裁判の傍聴記録が主体になっていることもあり,それほど力作という感じはしない。一気に読ませるが,かなり偏った感じがあり何となく釈然としないものを感じる。ただし物書きとしては,どのようにして人に罵詈雑言を浴びせかけるかを知る意味では役に立つ。

1999.12.16●「マネー敗戦」,吉川元忠,文芸春秋,\660

 けっこう前のベストセラー。確か,日経ビジネスの副編集長が推薦していた記憶がある。日米の経済戦争の推移を,まるで謎解きを楽しむように書き進んでいる。米国の戦略になす術なくやられっぱなしの日本という構図がよく分かる。日本の不作為あるいは思考停止といった状況がよく理解できる仕組みになっている。

1999.12.14●「ニューヨーク・タイムズ物語」,三輪裕範,中央公論社,¥780

 米国の新聞といえばニューヨーク・タイムズとウォールストリート・ジャーナル。米国ジャーナリズムの至宝と呼ばれるニューヨーク・タイムズの歴史を紹介するとともに,日本の新聞との比較を行う。読者に考える材料を与えるべく多面的な記事を展開するニューヨーク・タイムズに比べ,妙にバイアスのかかった報道をする日本の新聞という構図を描いている。空気に流される日本のメディアとバランス感覚のニュー
ヨーク・タイムズの対比は参考になる。ニューヨーク・タイムズとユザヤとの関わりも興味深い。

1999.12.10●「裁判官は訴える!」,日本裁判官ネットワーク,講談社,¥1800

 面白い本なのだが,前半と後半でえらく雰囲気が違う。前半は,こんな裁判官もいるんだといった感じで楽しめる。文章力の差がけっこうあり,それはそれで悪くない。ところが後半はグチっぽい話が多くなる。もっとも全般に,不遇の裁判官の鬱憤晴らしといった感のある本だ。ただ裁判官の「人事」に関する話は一読の価値がある。

1999.12.8●「High Noon:The Inside Story of Scott McNealy and the Rise of Sun Microsystems」,Karen Southwick,John Wiley & Sons,$24.95

 簡単に言えばSun Microsystemsと会長兼CEOのScott McNealyのチョーチン本。調子の良い会社にありがちの「ヨイショ本」なので,読んでも得るところの少ない。強すぎて嫌われる会社(かつてのIBM,いまのMicrosoft)や落ち目(少し前のApple)になると内実本など読み応えがある本が出てきて楽しめるのだが,一般に知られることの少ないSunみたいな会社だと,好調時はこういう本が多くなる。もっともSunに関する本は多くないので,資料的な価値があるかもしれない。ちゃんとした年表がついていないのも調子がすごぶる悪い。

1999.11.30●「勝負の分かれ目」,下山進,講談社,¥2400

 ロイター,時事通信,日経,ブルーンバーグなどメディアの相克を扱った書。メディアに身を置く者にとって興味深い。特に日経関係では,見知った人物(日経BP関係者も)が登場するだけに,否が応でも引き込まれてしまう。メディアにとってのIT化を扱った書としては,杉山隆男の名著「メディアの興亡」(日経新聞 対 朝日新聞)があるが,その続編といった感がある。非常に面白い本だが,善玉と悪玉を明確に分けすぎた感があり,表現を平板化してしまっている。妙に冗長な部分があるのも気になる。

1999.11.25●「呪縛は解かれたか」,産経新聞金融犯罪取材班,角川書店,\1600

 このところ集中的に読んでいる金融破綻を扱った書。新聞紙面で読むと感じないのかもしれないが,単行本として通読すると雑駁さ目立つ。今一歩,突っ込みが不足して欲求不満を感じる。金融破綻にかかわるもろもろを,ざっと読むには適しているかもしれまいが・・・・。

1999.11.19●「日本の近代 14:メディアと権力」,佐々木隆,中央公論新社,¥2400

 明治から第2次世界大戦までの「新聞と政治」のかかわるを詳細に調べた書。朝日新聞が政府から損失補填されるかたちで補助金をもらっていた事実などが紹介されている。政治がいかに新聞を利用してきたか,新聞記者が喜々として政治に利用されてきたかを論じている。もっとも,記者クラブや番記者の問題などジャーナリズムを論じる書では常に出てくる議論なので,さしてインパクトのある記述がある訳ではない。

1999.11.17●「会社がなぜ消滅したか」,読売新聞社会部,新潮社,¥1600

 山一証券の崩壊を描いた書。崩壊後に山一の調査委員会が調べた告発の報告書と取材で構成され,非常に充実している。バブル崩壊後のノンフィクション物は多いが,自己弁護だったり,突っ込み不足だったりする。本書は多くが実名で載っており,責任の所在も明確に示されていて(調査委員会の報告書がそうなっている),読み応えがある。この本を読んでいると,神奈川県警の不祥事とも非常によく似ている。誰も責任をとらない,責任さえ感じない,先延ばしする,,自分で考えない,子どもでも分かる善悪の判断がつかない。日本人にビルトインされているのだろうか。まさに末期的。

1999.11.11●「沈まぬ太陽:会長室(四)(五)」,山崎豊子,新潮社,¥1700
 はまってしまって,夜中までかかって最後まで読み通してしまった。3巻まで読んだので,全部読み通さなければという使命感から最後までいった感がある。作者も超大作だけあって,疲れが見えるような内容となっている。気になるのは人物の描き方が,非常に類型的になっているところ。善悪2パターンが行きすぎていて物足りない。最後の方も,駆け足で進んでいる感じで少々残念だ。

1999.11.5●「富のピラミッド」,レスター・C・サロー,TBSブリタニカ,¥1800
 「ゼロ・サム社会」の著者として有名な著者の近著。出せばベストセラーが約束されているような本だが,内容は画期的ではないがそこそこ面白い。成功をもたらす基盤が,かつての天然資源から「知識」に変わったことをうけて,今後の資本主義社会の今後を占っている。Gatesを「人類史上初めて世界一の大富豪が知識だけを持つ人物」と評するなど,Microsoftをみて世界を占うといった風情もある(全部が全部Microsoftという訳ではない)。ちなみにGatesの資産は,米国の下位40%の世帯の合計と等しい!。インターネットを介したECによって,米国の小売店の半分が2010年までに閉鎖されるといった話も出てくる。小売店が成功するか否かは,広告や商品の斬新さではなく,情報システムや物流のソフトウエアにかかっているとする。「建設的」「創造的」ではない日本への見方は厳しい。

1999.11.2●「沈まぬ太陽:御巣鷹山(三)」,山崎豊子,新潮社,¥1700
 日航123便の墜落事故を扱った書。野田正彰の「喪の途上にて」(岩波書店)や飯塚訓の「墜落遺体」(講談社)といった日航機事故を扱った書とのダブリ感が非常に気になる。どっかで読んだなという箇所が非常に多い。

1999.10.31●「SONY」,John Nathan,Houghton Mifflin,$26

 Business Weekやニューズウィークで取り上げられるなど,いま話題のソニー本。米国のビジネス書らしく,とても分厚い。読み終わるまで2週間もかかってしまった。ソニー礼賛が鼻につく国内の本(いわゆるチョーチン本)が少ないなかで,辛口の本書は非常に面白い。ソニーの米国法人のトップと盛田,大賀,出井といった社長たちとの確執は興味深い。米国人からみたソニーは,きわめて日本的な企業として人間くさく描かれている。出井の大賀に対する屈折した心情も描いている。井深の家庭問題など,知られざるソニーも描写している。元一橋大学の中谷巌の取締役就任問題まで扱うなど,最新の情報も取り入れている。ニューズウィークも書いているが,井深の葬儀における盛田夫人の弔辞はすごい。一読の価値は間違いなくある。

1999.10.15●「沈まぬ太陽(二)アフリカ篇」,山崎豊子,新潮社,\1600
1999.10.13●「沈まぬ太陽(一)アフリカ篇」,山崎豊子,新潮社,\1600

 全部で5巻から成るベストセラー。はまると他の本が読めなくなるので少々敬遠していたが,意を決して読み出した。とりあえず2冊を読み始める。加賀乙彦の「高山右近」を読んだあとなので,あまりのスタイルの違いに愕然とさせられた。個人的には,こっちのテンポが合う。企業物にありがちは,生き方の美学と企業の論理の相克を描いている。内容は面白い。わくわくしながら読み進むことができる。小説のかたちをとっているが,なかには実在の人物が明確に頭に浮かぶ登場人物も少なくない。この2冊は組合運動に頑張った主人公が,海外にとばされるといった話。

1999.10.8●「高山右近」,加賀乙彦,講談社,\1900

 久しぶりに読んだ小説。ノンフィクション物を読み慣れていると,小説のペースの遅さに最初は戸惑う。刺激渇望症とでも言える状況に陥っている自分に気づく。そのうちに,だんだん慣れてくるのだが,ペースをつかむまでに結構時間がかかった。本書はキリシタン大名として有名な高山右近の後半生を扱った書。金沢からの追放,さらに日本国からの追放,そして異国の地における死を扱っている。書評に取り上げられ,高い評価を得ている書だが,今一歩良さが分からずじまいだった。

1999.10.5●「戦慄」,麻生幾,新潮社,\1700

 週刊新潮に取り上げられていた昭和の事件史。警察物に抜群の冴えをみせる麻生幾の本だけに,なかなか読ませる出来となっている。10本の事件は,三菱銀行北畠支店の「梅川事件」に始まり,あさま山荘事件,ホテルニュージャパンの火災,下山事件,北朝鮮の侵入船事件など,古いの新しいのゴッチャである。最近下山事件に関しては週刊朝日が「新事実」を連載していたが,それとは逆の結果を導いている。東海村の臨界事故を持ち出すまでもなく,この国の危機管理音痴ぶりを痛切に感じさせられる。

1999.10.1●「われ万死に値す」,岩瀬達哉,新潮社,\1400

 ドキュメント竹下登と副題にあるように,元総理の過去をえぐったノンフィクションである。田中角栄に比べて「陰」の竹下登のさらに影を扱っている。これほど竹下登が「死」と隣り合わせの政治家とは初めて知った。その意味では非常に興味深い書。ただし筆者の筆致は抑え気味だ。麻生幾ならもっと派手に盛り上げそうな場面も,あえてトーンを落としているように感じる。それが筆者の個性なのか,あるいは意図が働いているのか・・・・

1999.9.29●「政党から軍部へ」,北岡伸一,中央公論新社,\2400

 日本の近代シリーズの第5巻。昭和に入ってから太平洋戦争に突入するまでを扱っている。政党政治からどのようにして軍部に権力が移っていったかを,分かりやすく展開している。この時期の歴史については,これまでも数多くの書籍を読んできたが,本書が最も読みやすい。著者の力量というべきだろう。逆に言えばサラリと読めてしまい残るものが少ないともいえる。

1999.9.24●「京の大工棟梁と七人の職人衆」,笠井一子,草思社,¥1800

 このところ集中的に読んでいる京都関係の本。本当に京都って面白い。その奧の深さは驚異的である。こんな町が日本に残っているとは少々信じられない。7年も暮らしていたのに,何も知らなかったことは残念無念。もっとも京都って大人の町という感を強くする本でもある。それにしても本書に出てくる職人たちの顔つきの良さはなんだろう。本当にすばらしい。

1999.9.21●「江戸城外堀物語」,北原糸子,筑摩書房,\660

 期待はずれの書。江戸城の外堀に関するエピソード満載かと思ったら,あまりワクワクするストーリもなく残念。外堀の発掘記録を丹念に追っているが,もう少し読ませる努力をしても損はないと思うのだが・・・。

1999.9.16●「科学の目,科学のこころ」,長谷川真理子,岩波書店,¥660

 岩波書店の雑誌「科学」に掲載されたコラムをまとめた書。著者は生物学の学者で,専門分野について触れた話はけっこう興味深い。ただエッセイに近い内容で気軽に読めるが,ちょっと1編が短すぎて物足りない。それぞれの章の終わり方も中途半端で,フラストレーションが溜まる。

1999.9.14●「少年犯罪の風景」,佐木隆三,東京書籍,\1700

 法廷作家といった感のある佐木隆三が,神戸の連続小学生殺傷事件や永山則夫事件,オウム事件といった題材を扱った書。話は多岐にわたり,必ずしも少年犯罪だけを扱っているわけではない。宮崎勤事件の話や教師が子どもを殺した事件,米国の死刑制度なども出てくるので,書名の「少年犯罪」に引かれて買うと後悔するかもしれない。途中,少々冗長な感があるのが残念だ。

1999.9.9●「俵屋の不思議」,村松友視,世界文化社,\2600

 京都に7年間も住んでいながら,存在さえ知らなかった世界的旅館の話。歩けば15分ほどのところに住んでいたのに本当に残念。現在,近隣にマンションが建つと言うことで大騒ぎになっている。この旅館を支える職人,従業員の姿を追ったのが本書である。効率,数字,IT,コンピュータといった世界とは全く異質の『京都』を描いている。かつての日本には,こんな世界があったのだと感心!しかし,こんな非日常を支える京都の懐の深さ(学生を支える京都も大好きだが・・・)に脱帽だ。

1999.9.7●「家族が自殺に追い込まれるとき」,鎌田慧,講談社,\1700

 鎌田慧の本らしく重たい内容。ホワイトカラー,役人,校長,新入社員の自殺とその家族の悔恨,死に追いやった企業や役所,学校の無責任を丹念な取材に基づいて書き綴っている。日の丸掲揚を苦に自殺した広島の校長の話も入っている。いずれの話も,読むほどに怒りがこみ上げてくるような内容。もっとも,300ページ以上も読むと陰々滅々としてしまう。

推薦!1999.9.4●「三億円事件」,一橋文哉,新潮社,¥1600

 なんと30年も前の三億円事件の真相を追求した本。滅茶苦茶面白い。寝る間を惜しんで読む価値のある本だ(実際に寝る時間が削られてしまった)。新しい事実も多いし,真犯人とおぼしき人を追い込んでいく様など,下手な推理小説以上にわくわくする。ちょっと牽強付会的な論理の展開もあるが,それを補ってあまりある内容だろう。それにしても警察の捜査の杜撰さにはあきれてしまう。例のモンタージュ写真の話などには驚かされる。一橋文哉は,以前も「グリコ森永事件」に関するノンフィクションを書いている。この手の事件モノの取材力は,本当に大したものだ。

1999.9.2●「官僚の風貌」,水谷三公,中央公論新社,\2400

 近代の日本の歴史シリーズ。テーマ別に歴史を切っていて,個人的にはとても気に入っているシリーズ。今回は,何かと問題が指摘される日本の官僚制度を俎上にあげている。問題の裏に隠された制度的な問題,歴史的な問題をうまく取り扱っているが,冗長な感じは否めない。要は,人事制度と運用がすべてということ。関心は内側に向き,本来サーブすべき納税者は視野外に置かれている。

1999.8.27●「ファッションは政治である」,落合正勝,はまの出版,\1800

 ファッションの歴史を中心に蘊蓄を傾けた書。筆者は欧米崇拝者といった感じで,ファッションの歴史を踏まえない日本人は言語道断と言ったトーンが多く,少々嫌み。ただし内容は,写真も多くけっこう面白い。デザイナ・ブランドのデザイナは実はディレクタだとか,ファッションの政治性などに触れるところは読ませる。織田信長が光沢のある服素材を好んだのは,アル・カポネなどのギャングと同じといった話や,洋服は立体的な裁断で和服は平面的といった話は興味深い。もっとも,シリコンバレー風のファッションにどっぷり浸かっている身にとっては,面倒くさい話はどうでもよくて,楽な服なら何でもいいのだが・・・・。ちなみに筆者によると,同じような服を着た人は行動も似てくるらしい。

1999.8.23●「元役員が見た長銀破綻」,箭内昇,文芸春秋,\1524

 長銀は何故破綻したのかを,役員にもなった筆者が探った本。もう読み飽きた感もあるが,銀行のひどさを再認識させてくれる。長銀は倒れるべくして倒れたといった結論の本だが,欧米流のビジネスにあまりにナイーブな日本的経営が翻弄された様も描かれている。弁解じみた記述も散見されたり,ところどころにイニシャルで記された人物がでていたりして,勢いがそがれているのは残念。

1999.8.20●「電子貨幣論」,西垣通ほか,NTT出版,\2200

 同じ出版社の「パソコンが銀行になる日」がきわめて出来の悪い本だったので,あまり期待せずに購入した本。「貨幣論」で知られる岩井克人が執筆陣に加わっていることが,唯一の選択理由。案に相違して,内容の豊かな本だった。電子貨幣に対して楽観的な池尾和人と悲観的な岩井の著作が並列されていたり,日本のナイーブさの危うさと米国の策謀といったトーンでとらえた石黒一憲の著作などけっこう面白い。

お薦め!1999.8.16●「夢顔さんによろしく」,西木正明,文芸春秋,\2095

 文句なく面白い本。500ページの2段組といった分量タップリの本だが,どんどん読ませる内容である。作家がノンフィクション的な手法で書いた書。近衛 文麿・元首相の長男である近衛文隆の生涯を描いている。米国留学や上海での生活から,ロシアでの抑留の末の奇妙な死まで一気に読ませる。そして抑留中のロシアから送られてくるはがきに綴られた「夢顔さんによろしく」という謎めいた文言。死に至る部分が,資料がないせいか急いだ感じになるのが残念だが,一読の値のある書である。