コンピュータの発明者、米アイオワ州立大学教授John Atanasoffの評伝。世界初のコンピュータと言われて、まず頭に浮かぶのはENIACだろう。しかし1973年に下された判決で、世界初のコンピュータは「ENIACではなくAtanasoffが開発したABC」とされた。もっとも、判決がウォーターゲート事件と重なったこともあり注目されず、“ENIAC神話”は生き続けたというのが著者の主張である。
実はAtanasoffを扱った書は本書が初めてではない。例えば、1994年に翻訳書が登場した「ENIAC神話の崩れた日」(マレンコフ著、工業調査会、1994)などがあるので、本書を読んでもそれほど驚くことはないかもしれない。「ENIAC神話の崩れた日」は、評者が当時在籍していた日経エレクトロニクスの書評欄でも取り上げた。ご記憶されている方もいるだろう。なお著者のJane Smileyは、ノンフィクション・ライターではなく小説家。Atanasoffがコンピュータのアイデアをバーで思いつきナプキンに書き留めるシーンなど、小説家らしい趣がある。
ちなみに世界初のコンピュータABCはプログラム内蔵方式ではないものの、バイナリ・マシン、全て電子回路(真空管を利用)による処理といった特徴があった。コンピュータの成り立ちをざっと振り返る上で有用だろう。登場人物も多彩だ。アラン・チューリング、ジョン・フォンノイマンなど、コンピュータ史を彩る面々が次々と登場する。もっともENIACの開発者であるモークリーは、Atanasoffをアイデアを盗んだ人物として散々な扱いだが…。
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