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2004年12月

平塚八兵衛の昭和事件史〜刑事一代
佐々木嘉信、産経新聞社編、新潮文庫、\667、p.524

2004.12.29

 吉展ちゃん事件が起こったときに筆者は6歳。だが記憶の片隅に「吉展ちゃん」はきっちり刻み込まれている。それだけ、「戦後最大の誘拐事件」が社会に与えた衝撃は大きかったといえる。吉展ちゃん事件を解決に導いた(犯人の小原保を自供に追い込んだ)として有名なのが、本書の主人公・平塚八兵衛である。この事件で犯人の小原保を自供に追い込むまでの過程は、まるで刑事ドラマのようだ。ちょっとした言葉の端から糸口を見つけて核心に迫るさまは、実にスリリング。一読の価値がある(話はわき道にそれるが、IMEスタンダード2002で“はちべい”と打って出てくるのは八米(=8m)である。情けないというか、悲しくなるというか・・・)。
 吉展ちゃん事件のほか、帝銀事件、小平事件、スチュワーデス事件、下山事件、カクタホテル事件、三億円事件を本書は取り上げている。帝銀事件や下山事件といった戦後史に残る有名事件を、平塚八兵衛が手がけていたとは、ちょっと驚きである。本書を読んで感じるのは、平塚八兵衛の職人気質。そしてカンの裏にある論理性である。人が見逃すような所に着目して、一歩一歩犯人に迫っていく様子は実に興味深い。昭和50年に出版された単行本の文庫化だが、まったく古さを感じさせない。

 

育児放棄〜ネグレクト
杉山春、小学館、\1300、p.253

2004.12.25

 名古屋市近郊のベッドタウンで起こった、育児放棄を題材にしたノンフィクション。3歳の女の子が、ダンボールに入れられたまま、食事を与えられずに餓死した事件を追っている。当時21歳の両親は1審で懲役7年の判決を受けている(控訴中)。2000年12月の時間発生から、3年半をかけて、この夫婦の生い立ち、彼らの両親、周辺状況を丹念に取材したものである。第11回の小学館ノンフィクション大賞を受賞した作品である。
 こういった本が出ると、「犯罪を起こしたのは決して特別な人ではない。あなたにも、同じ犯罪を犯す可能性がある」といった決まり文句が出てくる。実際、新聞の書評欄で、このフレーズを見た記憶がある。果たしてそうか。本書を読んでも、そういう気持ちにはならない。やはりかなり特異な事件であろう。特に、夫婦だかではなく、その両親もかなり変わっているといわざるを得ない。一般化するには少々無理があるというのが率直な感想だ。内容はそこそこ面白いが、全体にやや冗長で、ピリッとしていないのも惜しい。

 

キャッシュカードがあぶない
柳田邦夫、文芸春秋、\952、p.203

2004.12.24

 銀行のキャッシュカードをスキミングされ、多額の預金がおろされるという被害を追ったノンフィクション。いくら用心していても、対応しきれない犯罪の事態を暴いている。筆者の友人が被害に遭ったことがトリガになって取材を進めたもの。日本における消費者保護の不十分さを明らかにする。特に、被害者の傷に塩を塗るような、銀行の傲慢さと警察の怠慢を糾弾することに主眼が置かれている。このほか、キャッシュカード被害への対応の海外との比較が面白い。個人的には、この点をもっと書き込んでほしい。とにかく実態を早く世に明らかにすることを優先した感じの本。多くの人に読んでもらう配慮からか、価格もかなり安い。

 

ドラッカー選書<1>経営者の条件
P.F.ドラッカー、上田惇生訳、ダイヤモンド社、\1456、p.243

2004.12.19

 久々のドラッカー本。最近、いろいろな人からドラッカーに心酔しているという話を聞き、改めて読み直そうと一念発起。家にあるドラッカー本を体系的に読み直すプロジェクトの第一弾。やっぱりよく出来ている。平易な文章(もちろん翻訳の上田氏の貢献は大きい)で、核心をズバズバつくところは、実に心地よい。本質を突き、グタグタとした説明がないのが秀抜である。説明を読んでいるうちに、訳が分からない隘路に迷い込む本がいかに多いことか(もちろん、自戒もこめている)。ところどころで出てくる事例も優れていて、読んでいて実に楽しい。
 本書は、エグゼクティブにとって成果を上げることが何よりも重要であり、そのためにはどうすればよいかを説く。原書のタイトルは「The Effective Executive」である。異能をもつ人間ではなく(そもそも異能の人間しか成果をあげられない企業には持続性がない)、普通の人間がエグゼクティブとして活躍し、成果をあげるのはどうすればよいかの議論を展開する。まずは、いきなり、数字を追っているうちに本質や世の中の変化を見落とす愚かさを説く。組織が大きくなるほど、内部の事象に占拠され、本来行うべき外部の変化が見えなくなるエグゼクティブがいかに多いかと嘆く。人事の事例で取り上げられているアルフレッド・スローンやアンドリュー・カーネギーの話も面白い。思わずうなってしまう。本来なら推薦をつけてもいいのだが、もう皆さんご存知だと思うので、遠慮することにする。

 

マツダはなぜ、よみがえったのか〜ものづくり企業をブランドを再生するとき
宮本喜一、日経BP社、\1500、p.235

2004.12.15

 死のふちにまで追い込まれたマツダが、過去最高の業績をあげるまでに復活した過程を追った書。ロータリー・エンジンを載せた、4ドアのスポーツカー「RX-8」の成功をトリガにして、苦闘の歴史を書き起こしている。苦闘の裏には、フォードに経営支援を求めた結果としての、フォードの経営陣とマツダの開発陣との対立という構図がある。その経営陣と開発陣の対立が、復活への原動力となっていくさまが描かれている(ただ、少々美談に作り上げ過ぎといった感があるが・・・・)。このほか、フォードのブランドに関する考え方、エンジンの振動に関する日本と欧米の開発陣の対処法の違いなど、へ〜という内容も含まれている。
 いずれにせよ、長年のマツダ・ユーザーの筆者としては、嬉しくなる本である。すでに25年ほどクルマを所有しているが、20年近くはマツダ(あるいはマツダ製フォード車)。今もマツダの車に乗っている。ただ、この数年間は最寄の販売店がつぶれて不便になったり、ユーザーもマツダ同様に苦労を味わっている。この人から買いたい(実際に買った)と思った営業マンも、販売店がなくなる前に、他の店に異動でいなくなった。実は本書の筆者である宮本喜一氏もマツダのユーザー(現在はRX-8を所有)。宮本氏が、マツダ復活を素直に喜んでいるのが、本書から伝わってくる。
 ところが最近になって主力工場が火災に見舞われる不運(?)に見舞われた。せっかくの上げ潮に冷や水をかけるような出来事で、気の毒としか言いようがない。

 

発見!!もの作り魂〜松下電器を支える現場の底力
isM書籍化プロジェクト、翔泳社、\1580、p.407

2004.12.9

 面白い本である。もともとは、松下電器が企画・製作・公開しているWebマガジン「松下電器ものづくりスピリッツ発見マガジン isM」のコンテンツ。その中から選りすぐりのものを、翔泳社の編集者がピックアップしている。中身は、松下のサイトのものと同じと思われる(確認したわけではないが、ざっと見た感じの印象)。本書もユニークでなかなか読み応えがあるが、サイトの方も負けず劣らずよく出来ている。力作である。取り上げられている題材は、松下らしく家電/AV関係が多い。トップは「銅釜IHジャー炊飯器」、続くのが「食器洗い乾燥機」。これは上記のWebマガジンのページビューでも上位につけている。このほか、真空管カーオーディオ(こんなモノがあるとは・・・)、鉛フリーはんだ、砂糖電池、真空断熱材などが取り上げられている。いずれも技術者だな〜という感じの登場人物がなかなかいい。食器洗い乾燥機のところでは、日本人の食事「三大落ちにくいもの」は「お米」「卵の黄身」「カレー」といった身近な薀蓄モノの情報があったり、ライターが「技術者の仕事って実はアナログなんだ」と妙に驚いていたりして楽しい。技術者は、他の人からどう思われているんだろう・・・。

 

2004年11月

ヒューマンエラーの科学〜なぜ起こるか、どう防ぐか、医療・交通・産業事故
大山正、丸山康則編、麗澤大学出版会、\2400、p.226

2004.11.30

 以前読んだ、同じ麗澤大学出版会が出している「ヒューマンエラーの心理学」の続編といった感じの本。医療現場、交通事故、組織といった観点からヒューマンエラーを扱っている。ヒューマンエラーとは本書の定義によると「許容可能な範囲を超えた人間行動の集合の任意の一要素であり、その許容限界はシステムによって定義される」「効率や安全性やシステム・パフォーマンスを阻害する、あるいは阻害する可能性がある、不適切または好ましからざる人間の決定や行動」となる。なんとも先生たちの考えそうな定義。内容はイマイチ盛り上がりに欠けて、読んでいて退屈。題材はけっして悪くないだけに、残念である。ただし、ところどころ現場の人(たとえば医療現場だと看護師、交通事故だと航空管制官など)の囲み記事があり、これはちょっと読ませたりする。安全性に関する考え方として、ジェット旅客機コメットの事故に際してのチャーチルの「イングランド銀行の金庫を空にしてもいから原因を究明せよ」という言葉には、彼我の違いを痛烈に感じさせられる。
 最後の章に出てくる村上陽一郎著「安全学」からの引用はちょっと読ませる。「現在我々が克服し、支配し、制御し、馴致しなければならないのは自然ではなく、「自然プラス人工物」であり、快適性や利便性や経済性を、ひいては自らの幸福を追い求めて止まない、飽くなき人間の欲望である」「19世紀から20世紀の社会が物理のモデルで動き、その結果として「開発」と「進歩」へと向かったのであれば、21世紀の社会は、生命のモデルに従って「安全」に向かって動く、あるいは動くべきである」。特に後者は心に響く。
 最後に気になるところを1点。失敗学と通じる記述があるのに、工学院大学の畑村教授がほとんど登場しないところである。何故なんだろう。畑村教授はそういう位置づけなのだろうか。これもヒューマンエラーなのだろうか・・・。

 

安全神話崩壊のパラドックス〜治安の法社会学
河合幹雄、岩波書店、\3500、p.320

2004.11.20

 途中、何度も中断したために、読み終えるまでにえらく時間がかかった。この本は、実に多くの書評で取り上げられている。一般に流布している「日本は安全ではなくなった」という見方が誤りであることを、定量的なデータに基づき主張している。
 犯罪が多くなったと感じるのは、「ハレ」と「ケ」の境目が曖昧になり、日本人がこれまで安全地帯だと思っていたところに犯罪が忍び込んできたことが原因とする。つまり日本社会は、穢れ=犯罪にかかわる世界と、犯罪のない日常世界を分離している。そして日本人は、判事あは別世界の出来事と感じて、防犯意識が薄く、事件があれば厳罰を求める。しかし、犯罪にかかわる統治する側に属する人々は、寛大な処置を伝統としており、刑罰は軽いと分析する。しかも、住民に共同体意識が薄れ、何でも110番という状況が生まれ、警察への通報が急増した。このため軽微な窃盗に警察の手が回らなくなり、検挙率の低下を招いた。これにメディアの不正確な報道が加わり、風説が流布されたと影響も大きいとする。ちなみにメディアの報道自体は正確(よく読めばちゃんと書いてある)だが、見出しのつけ方に問題があるとしている。
 大筋、納得できる内容の本だが、最後の章はちょと不思議。摩訶不思議なのは、なぜ犯罪が増加しているという風説が流布しているのかということに対する筆者の結論。ペシミズムをかもし出したい者が、そのネタに治安問題を利用しているというのだ。なぜか。目的は、日本企業が苦しむ、内外賃金格差を縮小する、賃下げをすることというのだ。治安問題を利用して社会を悲観的にさせ、それをテコに賃下げを目論んでいるという結論である。むむむ。何だかよくわからない。

 

ソフトウェアの匠〜プログラミング言語からソフトウェア特許まで日本の第一人者が技術の核心を解き明かす
日経バイト編、日経BP社、\2362、p.263

2004.11.10

 プログラミング言語「Ruby」を開発した、まつもとゆきひろ氏、豆蔵の羽生田栄一氏、マイクロソフトの萩原正義氏といった、当代のソフトウエアの匠たちの寄稿を集めた書。11月1日から編集長になる日経バイトの連載を単行本化したもの。勉強のために読み始めたが、なかなか面白い。匠の方々がちゃんと言葉を持って、自分の哲学、考え方を語っている。先入観として技術者は一般に口下手というものがある。本書を読むとその先入観が覆る(記者が苦労してるのかもしれないが・・・)。ただ、オブジェクト指向に慣れ親しんだソフトウエアの匠たちが自分の言葉をもっているのは頼もしい限りである。

 

2004年10月

イノベーションの解
クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー、玉田俊平太/櫻井祐子訳、翔泳社、\2000、p.373

2004.10.18

 「イノベーションのジレンマ」の続編。イノベーションのジレンマは実によくできた本で、本書も出版直後に購入したが、ずっと積んどく状態だった。イノベーションのジレンマは目からウロコといった感があったが、本書もなかなか読み応えがある。米国の経営書らしく、事例がふんだんで説得力をもたしている。残念なのは、本文を注がやたらと遮っているレイアウト。学術的には正しいかもしれないが、とても読みづらい。

 

悪意なき欺瞞〜誰も語らなかった経済の真相〜
ジョン・K・ガブルレイス、佐和隆光訳、ダイヤモンド社、\1600、p.141

2004.10.14

 もう数年もすると100歳になるガルブレイスの新著。経済学における通説の誤りを、短く鋭く切り捨てている。政治経済体制が、自分たちにとって都合のよい「真理のバージョン」を創作してきたたと切り捨てる。ただし、さすがの巨人・ガルブレイスも、大著を書くパワーや事細かく書き込むパワーが薄れたのか、全体にあっさり系である。大きく12の通説について欺瞞を衝いているが、それぞれは10ページほど。あっと言う間に読めてしまう。正直って、あまり印象に残らない本である。ちなみに、ガルブレイスが「フォーチュン」の編集者だったというのは、本書で初めて知った。

 

Good Luck
アレックス・ロビラ、フェルナンド・トリアス・デ・ベス、田内志文訳、ポプラ社、\952、p.119

2004.10.10

 ポプラ社のマーケティング戦略もあって、ベストセラーになった本である。売り出し方、広告戦略、装丁など、いろいろな切り口で取り上げられている。内容は大人の寓話。読み手の立場によって、いろいろな読み方ができることもあって評判をよんでいる。話としてはありがちで特段優れた内容ではないが、ホンワカした気分にはなる。

 

上司は思いつきでものを言う
橋本治、集英社、\660、p.221

2004.10.5

 大ベストセラー。タイトルのつけ方が秀抜である。東大の駒場祭のときに、「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」とコピーを書いた橋本の面目躍如だ。ただ、私の頭とまったく体系が異なる感があり、正直言ってとても読みづらい。内容がつまらない本は山ほどあるが、これほど頭に入らない本は非常に珍しい。

 

2004年9月

IBMを世界的企業にしたワトソンJr.の言葉
トーマスJ.ワトソンJr.、朝尾直太訳、英治出版、\1500、p.141

2004.9.28

 英治出版の「ビジネス・クラシック シリーズ」の1冊。他に、一世を風靡したトム・ピーターズ著、大前研一訳の「エクセレント・カンパニー」がある。本書は、かなり期待して読んだが、残念ながら内容は少々退屈である。もちろん、当たり前のことを当たり前に実行することはとても難しく、そこにIBMの経営哲学の真髄があるといえばそれまでだが、それを文章にしてもインパクトを伝えづらい面がある。前書きの部分で、本書のほぼ全てが言い尽くされている感があるので、そこだけをピックアップして読むのも手である。

 

熱情〜田中角栄をとりこにした芸者〜
辻和子、講談社、\1500、p.247

2004.9.25

 思い返すと、田中角栄関連の本をよく読んでいる。角栄自身については、一連の立花隆の金脈本をはじめ、大下英治、田中京(本書の辻和子の息子)などなど。そう言えば、辻和子と並んで取り上げられることの多い、佐藤 昭子の本もある。このほかにも、田中派の人物や田中真紀子についての書籍も含めると、その数はかなりの数である。本書は、新聞などでしきりに広告を打っているが、内容はイマイチ。田中角栄の私的な一面を見せてくれるが、さほど驚きはない。辻和子を引っ張り出したというところが最大の功績といえる本である。

 

インタンジブル・アセット〜「IT投資と生産性」相関の原理〜
エリック・ブリニョルフソン著、CSK訳、ダイヤモンド社、\2000、p.333

2004.9.21

 一時、IT専門誌にさかんに広告が出ていた本。筆者はMITのスローンスクールの教授である。日経産業新聞にもインタビューが出ていた。本書はなかなか面白い。出たときにざっと読んだが、理由があって再読。内容は一般人向けの読みやすい部分と学術的な部分に明確に分かれている。どのようにすればIT投資が会社の生産性向上に寄与するかを解き明かしている。IT投資だけでは、十分な果実は得られない。十二分にITの威力を引き出すには、人間の教育を含めた付帯的な投資が不可欠というのが本書の論旨。最初の部分だけでも、なかなか読み応えがある。ただし、第1章以外はかなり歯ごたえがある。数式が出たりして、拒否反応が出るヒトもいるかもしれない。

 

沈黙のファイル
共同通信社会部、共同通信社、\1600、p.382

2004.9.13

 すっかりファンになった魚住昭が、共同通信の社会部に在籍していたときに連名で書いたノンフィクション。共同執筆とあって、魚住らしい切れ味は見られないのが残念。題材は、元大本営参謀・瀬島龍三だが、児玉誉士夫など興味深い人物が登場する。白眉は、瀬島自身を含め、世界中のさまざまな人物へのインタビュー(巻末に史料としても掲載されている)。多くの貴重な証言がなされている。戦争前後の歴史を振り返る意味でも、興味深い本である。人体実験や生物兵器を手を染めていた731部隊の記述もある。瀬島は終戦後、シベリヤに抑留された後、伊藤忠商事に入社。戦後賠償と伊藤忠の関係など、戦後史の隠れた部分を暴いている。

 

名経営者が、なぜ失敗するか
シドニー・フィンケルシュタイン、橋口寛監訳、酒井泰介訳、日経BP社、p.469、\2200

2004.9.10

 このところ書評でよく取り上げられている本。評価の高いのもよく分かる。「経営者の失敗の研究」として秀抜な内容となっている。ダートマス大学の教授が多くの実例を基に、優れた(そうでない経営者も含まれている)経営者が、舵を誤った方向に切るのかを分析している。ポイントとなる部分を箇条書きにして説明するなど、分かりやすい構成に仕上がっている。日本企業もしてやられたゼネラル・マジックやイリジウムのほか、携帯電話のデジタル化に乗り遅れたモトローラ、過去の経験に学ばなかった雪印乳業など、事例はみな興味深いものばかり。かなり分厚本だが、翻訳が優れていることもあり、すいすい読める。内容的には、かつて読んだクレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」に似た部分が多い。

 

2004年8月

生き方のツケがボケに出る
金子満雄、角川文庫、p.249、\552

2004.8.31

 歳をとったときにボケるかどうか、いまや大問題である。自分の親だけではなく、自分自身についても、これから一体どうなるのか。「ボケるボケないは、それまでの生き方、ライフスタイルが左右する」というのが本書の主張である。「家族の愛がボケを救う」「恋をする人はボケないが、浮気をする人はボケる」「要注意!こんな働き方、こんな趣味」など、興味津々の内容が満載である。ボケの度合いを測るテストも掲載されているので、試してみるとよい。ちなみに私は・・・危ない。

 

新橋駅の考古学
福田敏一、雄山閣、p.278、¥4600

2004.8.29

 日本鉄道発祥の地である新橋駅を発掘結果をまとめた書。いまや高層ビルが立ち並ぶ汐留の昔に思いをはせるのは楽しい。値段が少々高いし、学術書の書き口なのでドラマチックさがなく少し退屈なのは残念。いいネタで、興味を持つ人が多いと思うのでもったいない気がする。ただ写真は見ているだけでも楽しくなるのは事実。もっと大写しで使えば、訴える力がより強くなったはずなので、その点は惜しい。それにしても、100年少し前の新橋駅の情報がこれほど乏しいというのは驚きである。プラットフォームや駅舎の内部の状況について、詳細がほとんど分からないというのは驚きである。

 

海燃ゆ
工藤美代子、講談社、p.510、\2300

2004.8.24

 連合艦隊長官で真珠湾奇襲の立案者である山本五十六の評伝。誕生から戦死までを丹念に追っている。評伝に定評がある工藤に本を初めて読んだ。500ページを超える本だが、なかなか読み応えがある。7月に読んだ半藤一利の「昭和史」で山本の人物像が出ており、それに影響されて求めた。海軍系では、阿川弘之の著作で米内光政や井上成美は読んでいたが、一般には最も著名な山本五十六の評伝は初めて読んだ(ちなみに、最も知られていない井上成美は宮野澄の評伝でも読んだ)。阿川にも山本の評伝もあるようだが、工藤はそれに異論を唱えている。特に家族や愛人との関係について、阿川の評伝は事実と異なるというのが工藤の主張である(阿川の本を読んでいないので比較はできないが・・・)。工藤の評伝は、山本の遺族への取材を踏まえているので、説得力のある書き口になっている。

 

渡邉恒雄 メディアと権力
魚住昭、講談社、p.503、\762

推薦!2004.8.17

 2冊続けて、共同通信出身のジャーナリスト魚住昭の本を読む。これまた「推薦」。実に興味深い本である。いま話題の渡邉恒雄を俎上にあげる。魚住の取材力のすごさと、「ナベツネ」なる存在に対するジャーナリストとしての危機感がひしひしと伝わってくる。解説で佐野眞一が書いているが、読み進むにつれて、汚らわしいものを見ているような気がしてくる。プロ野球の騒動と密接に関係する渡邉恒雄なる人物の有り様を知る上で欠かせない本。一連の騒動の中で起こった、常人には考えられない行動の裏側にあるものが見えてくる。1リーグ制を巡るプロ野球の騒動と、日本の政治のあり方は双子のように似ているが、その理由が渡邉恒雄という人物を通してはっきりした像を結ぶ。本書は2000年に出版された本を文庫化したもの。文庫化に際して、スポーツ・ジャーナリスト玉木正之と魚住との対談が追加されている。これも面白い内容である。佐野眞一の解説を含め、最初から最後の人名索引まで充実の1冊である。

 

野中広務 差別と権力
魚住昭、講談社、p.361、\1800

推薦!2004.8.15

 実に興味深い書。魚住の本は「特捜検察の闇」などを読んだことがあるが、本書の方が抜群に勝っている。代議士としては遅いスタートにもかかわらず、「影の総理」とまで呼ばれるまでになった野中広務の政治家としての歩み、その権力と限界を克明に記している。一介の地方政治家だった野中が、いかにして権力をもつに至ったか、その裏側を徹底した取材で暴いている。まさに権謀術数という表現がピッタリである。政治家にとっての情報力とは何なのかがよく分かる。京都府知事だった蜷川との関係、部落差別との関係など、本書を通じて初めて知ったことが少なくない。自民党から新進党、太陽党、民政党を経て、民主党の事務局長を務めた伊藤惇夫の「永田町:権力者たちの情報戦争〜政治家はこうして“消される”〜」という本を今年読んだが、この表題は本書にこそふさわしい。伊藤の本は、はっきり言って誇大で本書の足元にも及ばない。エピローグに出てくる野中と魚住の会話の場面は興味深い。出自を雑誌に書かれた野中の詰問に答える魚住の発言は凄い。同じマスコミに身に置く者として考えさせられる。

 

臨場
横山秀夫、光文社、p.329、\1700

2004.8.11

 売れっ子のミステリー作家、横山秀夫の短編集。2000年から2003年にかけて「小説宝石」に掲載された8編の小説を集めたもの。主人公は検死官。警察小説の雄としての横山らしい主人公である。ちょっと珍しい主役の設定だが、なかなか魅力的な人物像として描かれている。出来はまずまず。秀作もあるが、いま一歩といった感じのものもある。夏休みにリラックスして読む本としては最適。十分楽しめる。

 

内側から見た富士通〜「成果主義」の崩壊〜
城繁幸、光文社、p.235、\952

2004.8.5

 元・富士通の人事部の著者が執筆した「富士通崩壊の歴史」。日本語と英語がごっちゃになった光文社ペーパーブックスの文体、奇怪な「4重表記(漢字・ひらがな・カタカナ・英語)」に最初は戸惑うが、そのうち不思議なもので慣れてくる。結局、英語の部分は読み飛ばすので、何のための4重表記なのかよく分からない。内容は、よく知られた富士通の成果主義の破綻を、内部とりわけ旗振り役の人事部の視点で綴ったもの。富士通の成果主義(幻想に踊らされたのは富士通だけではないが)については、週刊誌などでさんざん取り上げられているので、さほど驚きはない。ただ、内部からの告発だけに「ヤッパリ」と納得させられる。身につまされる人が多いかもしれない。ただ人事部が諸悪の根源のように扱われているのは、少々気の毒。筆者が人事部だっただけに、人事部の諸問題がことさら目に付いたという感じ。

 

2004年7月

ニート〜フリータでもなく失業者でもなく
玄田有史、曲沼美恵、幻冬舎、p.271、\1500

2004.7.29

 最近話題の「ニート」の実態を扱った書。初めて知る話が多く、なかなか読ませる本である。ニートとは、Not in Education Employment,or Trainingの略で、学ぶことにも、職業訓練を受けることにも、働くことにも踏み出せない人のことである。問題の多くはやはり人間関係を築くことが下手なことに原因がある。この一種の引きこもりに近い状態の人が、2000年に17万人だったのが、2003年には実に40万人に急増している。もはやフリーターに匹敵する規模である。日本だけではなく、英国でも問題視されている社会問題となっている。本書はフリーライターの曲沼が現場からのレポートを書き、学者の玄田が社会現象として分析するという手法を用いている。曲沼のルポの部分が読ませる。兵庫県と富山県が、100%の中学生に1週間の社会学習をさせているという話は初耳。富山県の例が紹介されているが、なぜかとても感激した。

 

ケース・オフィサー(下)
麻生幾、産経新聞社、p.300、\1600

2004.7.23

 ノンフィクション作家から、いつの間にか小説家に転身した麻生幾の最新作。バイオテロの話を扱っている。世界を舞台にテロリストを追いかける日本の警察官が主人公である。題名の「ケース・オフィサー」というのは、極秘情報を提供する協力者を運営する者を表している。主人公がそのケース・オフィサー。日本を舞台にしたバイオテロを企てるテロリストを追い詰めるというのが、本書の大筋。警察の内部情報に詳しい麻生の特徴がよく出ている。クライマックスに向かう場面の、畳み掛けるような描写は、なかなか読ませる。麻生の小説はいずれも、現実に起こりうるケースが題材だが、本書も同じ。日本の生ぬるいテロ対策について、いろいろと考えさせられる内容となっている。産経新聞の連載を単行本化したものだが、9.11の同時多発テロが発生したため、大幅に書き直したという。

 

ケース・オフィサー(上)
麻生幾、産経新聞社、p.338、\1600

2004.7.21

 

権力の道化
櫻井よしこ、新潮社、p.253、\1300

2004.7.17

 なんとも強烈な本である。竜頭蛇尾の典型ともいえる道路公団民営化をめぐる作家・猪瀬直樹の行動を逐一批判している。道路改革の旗手として期待された(櫻井は、明らかにマスコミのミスリードだったと断定している)猪瀬が、表面と中身がかけ離れた、いかに唾棄すべき人間かということを、これでもかと論じている。最終章は圧巻である。特に猟官活動のくだりはすさまじい迫力である。また猪瀬が行ったという言論圧殺の行為はまさに自殺行為。確かに、この手の勘違いをした人間はけっこういて、マスコミに筋違いな圧力をかけてくることがあるのは事実。しかし、それをジャーナリズムの側の人間が行うとなると、深刻さの度合いは急激に高まる。マスコミや言論、ジャーナリズムに興味のある人は、最終章だけでも読んでおくといいだろう。どこかの書評に、「猪瀬に櫻井は訴えられるのでは?」といった話があったが、本書を読む限り、録音テープ、著作物、証人と櫻井側の備えは万全のようにみえる。この手の論争は片方だけの話を聞いても不十分なので、猪瀬の著書も読んでみないと・・・・。

 

IT活用 勝ち残りの法則〜IT投資を活かすマネジメント
淀川高喜、野村総合研究所、p.201、\1800

2004.7.15

 企業におけるIT化の最新事情を手際よくまとめた書。企業のIT活用がなぜうまくいかないか、どうITをマネジメントすればようのかを説いている。ざっと最新ITを概観するうえでは役立つ。本書の趣旨とは異なるので仕方がない面もあるが、手際よいだけに突っ込み不足が気になるところだ。具体的な実践術を知りたい向きには物足りなさが残るだろう。

 

カルロス・ゴーンは日産をいかにして変えたか
財部誠一、PHP文庫、p.213、\419

2004.7.8

 カルロス・ゴーンが日産再生に使った手法「クロス・ファンクショナル・チーム」のことが知りたくて買った本。「ルネッサンス」や「ターンアラウンド」といった本をすでに読んでいたので、プラスアルファを求めたが期待はずれ。著者はサンデープロジェクトにも出演している財部誠一。本書自体のベースにもサンデープロジェクトでの取材がある。したがって、内容もテレビ的で、一般受けするものの、読み応えに欠ける面がある。反面、お気楽に暇つぶしに読むのには適している。

 

親と子のインターネット&ケータイ安心教室
野間俊彦、矢沢久雄、日経BP社、p.221、\1200

2004.7.4

 実にタイムリに出た本。というか、タイムリに出すことを優先して作られた本と言えるかもしれない。長崎県佐世保市の小学生が掲示板でのトラブルが同級生を殺害するという事件は、親たちに大きな衝撃を与えたのは間違いない。インターネットやケータイのもつ危険性を分かりやすく説いている。小学生の高学年なら、ある程度は理解できるので、子供に読ませるのも一法だろう。本書の構成を見ると、時間と闘った様子が見て取れる。大衆受けする前半と、「親と子の」というタイトルから離れた少々技術的な後半で大きくテイストが異なる。ただしセキュリティ関連についてまわる話だが、この手の本を読む人は、実はインターネットや携帯電話の危険を熟知している人だったりする。そうした人は、子供にも適切なアドバイスしている可能性も高い。本当に必要な人には届かないという問題は本書でも解消できそうにないが努力は買える。最終的には学校でちゃんと教えるしかないのだろう。ちなみに筆者の野間は、都立の小学校の先生。矢澤は、ベストセラーの「プログラムはなぜ動くか」の著者である。

 

昭和史 1926〜1945
半藤一利、平凡社、p.509、\1600

推薦!2004.7.2

 敗戦のその日を克明に追った「日本のいちばん長い日」の著者、半藤一利が若い編集者に語りかけたものを書き起こした書(あるいは読みやすさのために、そういう体裁をとったのかもしれない)。内容が豊富である。「歴史から学べ」という言葉の意味がよく分かる。そして歴史では登場人物をきっちり描くことが、非常に大切であることを感じさせられる。「アホ・バカ」という言葉がそこら中で出てくるが、これが効果を発揮している。確かに、戦争に突き進み、無責任きわまる態度を続ける登場人物たちは実に愚かといえよう。学校の歴史の授業など、大昔の話はさっさと片付けて、この本だけをじっくり読ませたほうが世の中の役に立つ。授業時間が足りなくなり昭和史をきちんと教えられないという、学校の実態はやはりおかしい。愚かな戦争から多くを学ばないことは、もっと愚かかもしれない。最後の章で著者が、五つの結語を書いているが、これも正鵠を射ている。ついでに言うと、これまで何冊も歴史書を読んできたが、学者の書いた無味乾燥な歴史がいかに人の心を打たず役立たずだったかを思い知らされる本でもある。

 

2004年6月

こうすれば犯罪は防げる〜環境犯罪学入門〜
谷岡一郎、新潮選書、p.214、\1100

2004.6.23

 

 犯罪から身を守るための処方箋を学術的な観点から書いた本。1970年代から始まった「環境情報学」という学問がちゃんとあるらしい。その治安の悪化が著しい昨今の状況をねらった企画であることは想像に難くない。家や街に関する具体例を挙げた前半部分は、そこそこ読み応えがある。ただし、防犯についての情報が多く流通している現在、目からウロコといった内容が満載というわけにいかないのは仕方がないのかもしれない。帯にある「犯罪から身を守るため、必ず役立つ工夫満載の防犯理論」は少しオーバーだが、ある程度は正しい。少しアカデミックに振った後半は少し退屈である。そこそこ面白く役立つ内容なのに、全巻にわたって1枚も付箋紙がつかなかった(赤ペンでのチェックがつかない)非常に珍しい本。ニューヨークの治安を回復したジュリアーニ前市長の理論「Broken Windows Theory」が、同氏のオリジナルでないことは本書ではじめて知った。ちなみに筆者は現在、大阪商業大学の学長。

 

Does IT Matter?:Information Technology And The Corrosion of Competitive Advantage
Nicholas G. Carr、Harvard Business Press、p.190、$26.95

推薦!2004.6.20

 昨年春にハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「IT Doesn't Matter」は、大きな反響を呼んだ。すぐさまIT業界からは反論の大合唱が起こった。マイクロソフトのバルマーやゲイツ、オラクルのエリソンといったそうそうたる面々の反論を集めた単行本が、早々に登場しているほどである。今春翻訳された日本でのタイトルは「ITに戦略的意味はない」だったと記憶しているが、日本語訳が出るのに1年かかるのはすこし残念である。本書は、その論文「IT Doesn't Matter」の内容を強化して単行本化したものである。疑問形にしているのがミソかもしれない。最初の論文同様に、読み応え十分である。具体的な企業例や定量的な数字を挙げ、説得力を高めている(もちろん、調査の数字が必ず正しいという保障は全くない)。筆者の主張は要するに、ITはその恩恵をあまねく与える。しかもコモディティ化が一挙に進み、コストは急激に下がる。だったら一番乗りをするリスクをおかすよりも、先進事例を他山の石にして、コストが安くなった時点で使ったほうが得策というものだ。英語はきわめて平易だし、ページ数も短いので集中すればすぐに読める。ITに関する一つの見方を示す本としてお薦めである。

 

絆〜父・田中角栄の熱い手
田中京、扶桑社、p.207、\1400

2004.6.6

 田中角栄の息子である田中京のが書いた本。名前は「きょう」と読む。先日、週刊文春にも記事で登場していた。年齢的には、田中真紀子の弟ということになる(母親は異なる)。田中角栄の評伝によく登場する、神楽坂芸者の辻和子の子供である。出来としては平凡。ただ田中角栄に関する記述は、私生活の一端が垣間見えて読ませる部分もある。田中家との関係、田中真紀子との関係については、もう少し突っ込みがほしかった。その他の部分、著者本人の話はイマイチ魅力に欠ける。紙質を分厚くし、行間も広くすることで、なんとか1冊の本に仕立て上げた苦労がしのばれる。ちなみに出版差し止めのキッカケとなった田中真紀子の長女の名前が実名で何度も登場するのはご愛嬌である。

 

2004年5月

ドキュメント ゼロ金利〜日銀vs.政府 なぜ対立するか
軽部謙介、岩波書店、p.256、\1900

2004.5.30

 これまで「機密公電」「経済失政」といったドキュメンタリを、岩波書店から上梓してきた時事通信社記者の新刊。当事者への食い込み具合は、米国のノンフィクションを読むような感触がある。日銀の施策立案プロセスを緻密に追っている。よくここまで、当事者の話を聞けたと思う。本書の焦点は「ゼロ金利の導入」「ゼロ金利の解除」「量的緩和導入」である。ゼロ金利の解除に固執する速水優総裁と政府の軋轢、日銀内部の混乱を精緻に追っている。特に、記入英s買うの最高意思決定機関である金融政策決定会合でのやりとりは、なかなかの読み応えである。

 

大黒屋光太夫〜帝政ロシア漂流の物語
山下恒夫、岩波書店、p.243、\740

2004.5.25

 大黒屋光太夫とは凄い押し出しの名前だが、実は幕末の三重の船頭である。その大黒屋光太夫の廻船が江戸に向かう途中に遭難。帝政ロシア時代のアリューシャン列島にたどりつく。その後シベリヤを横断して、帝都ペテルブルグに到着。その間、仲間は次々に死去。ペテルスブルグでは、エカテリーナ二世の庇護を受け、10年後に日本への帰国を果たす。その艱難辛苦の10年間を新史料に基づき描いている。次々の遭難した仲間が亡くなるなか生き残った大黒屋光太夫の生命力は驚嘆に値する。当時のロシアについて教えられるところも多い。それにしても、艱難辛苦のなかでも日誌を書き続けたことには驚かされる。

 

ヒューマンエラーの心理学
〜医療・交通・原子力事故はなぜ起こるのか

大山正、丸山康則編、麗澤大学出版会、p.175、\2200

2004.5.19

 医療事故やJCOの核燃料臨界事故、交通事故などの裏に潜む心理学的な原因を、具体例を挙げながら解説した本。事例が具体的なので読みやすいし、納得がいく。類書に以前取り上げた「リスク・マネジメント心理学」があるが、これに比べるとやや落ちる。特に後半部分が失速気味なのが残念。ただ、医療事故に遭わないための心得の部分は実生活に役立ちそうだ。

 

マネー・ボール---奇跡のチームをつくった男
マイケル・ルイス著、中山宥訳、ランダムハウス講談社、p.380、\1600

2004.5.17

 大リーグのオークランド・アスレチックスのジェネラル・マネージャであるビリー・ビーンを扱った書。野球好きにとっては、痛快で実に楽しい本である。独自の定量評価によって低価格で選手を集め、アスレチックスをプレーオフの常連球団に育てた手腕を書き込んでいる。投資額と成績の相関の低さには笑ってしまう(日本では広島に似ている)。ビリー・ビーンが尊重する定量評価がとてもユニーク。盗塁やバントを全く評価せず、出塁率や四球の数を重視する。出塁率に基づいて、ドラフトの選手を選び、トレードを敢行する。安く雇った選手を活躍させ、高いトレード・マネーで他球団に売り飛ばす。選手をモノ扱いするところに疑問を感じるところもあるが、カン・経験・度胸といった前近代的な大リーグのなかで異彩をはなっている。ちなみに著者は「ライヤーズ・ポーカー」で日本でも知られた作家である。

 

The Maverick And His Machine
:Thomas Watson,Sr. And The Making of IBM

Kevin Maney、John Wiley & Sons、p.485、$29.95

2004.5.15

 日本語に直せば「異端児と彼のマシン」。米IBMを作ったトマス・ワトソンの生涯を扱った書である。日本IBMの方に紹介されて読み始めた本。かなりの分量ということもあって、いつ読み始めたか忘れたくらい。485ページの本は持ち運びも不便だが、何とか読み終えた(クリントンの回想録は900ページを超えるらしいが・・・・)。文章は難しいという訳ではない。著者はUSA Todayの記者とあって、平易な英語で書かれている。本書はなかなかよくできている。NCRを追われたワトソンが、IBMという会社に注入したかった「想い」というのがよく分かる。「IBMの息子」(新潮社)という、ワトソンJr.を扱った有名な本があるが、その父親の話をこれほど詳しく書いた本はないのではと思う。IBMの有名なドレス・コードの真の意味、社員教育や会社組織に対する考え方の斬新さ、独禁法訴訟の裏側、親子の確執、末の息子に対する偏愛(ドラッカーが、「ワトソンの息子でなかったらせいぜい事業部長どまりの人材」という発言が引用されている)、部下との付き合い、老害、ワトソンとナチ/ヒトラーとの関係(これについては、「IBMとホロコースト」という話題を呼んだ本がある)、数々の判断ミスなど、読ませる内容が満載である。すさまじい親ばかぶりなど家族の話やプライベートな話も多く、興味深い内容に仕上がっている。

 

日本を変える〜自立した民をめざして
川本裕子、中央公論新社、p.294、\1700

2004.5.9

 著者は道路公団民営化推進委員会の委員として名をはせた、マッキンゼーのコンサルタント。著者の本職は金融問題(東京銀行出身でもある)。雑誌や講演会など、最近はいろいろなところに登場している。実に切れ味鋭く、クレバーに日本の構造改革を論じている。中心は、道路公団と著者の専門である金融(とりわけ銀行と郵貯を含んだ政府系金融機関)である。データを使いながら説得力をもって持論を展開している。何よりも冷静に淡々と、それでいてズバッと切り込んでいるところがよい。筆者の主張の中核は、持続可能なこと、意味なく先送りしないこと、責任を明確にすること、説明責任を数字を根拠に果たすこと。本書では、抵抗勢力が持ち出す論拠を、やんわりと、しかしことごとく撃破している。もっとも、双方が立脚する哲学がまったく異なるので、互いに相容れないというのも分かる。ともかく本書を読むと、誰でも分かるような当たり前のことを、当たり前にできないところに、日本の根深い病巣があるのがよく分かる。

 

創価学会とは何か
山田直樹、新潮社、p.190、\1000

2004.5.8

 いまや犬猿の仲の創価学会と新潮社。両者が力の限り罵倒しあう電車の中吊り広告は、なかなか読み応えがある。今号はどんな内容だろうと、ついつい探してしまう(中吊りの効果を十分に果たしているといえる)。本書は週刊新潮に掲載した記事を加筆してまとめたものである。週刊新潮の記事は「第10回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」を受賞している。確かに渾身のレポートである。しかし、犬猿の仲の相手に対する筆致は少々笑える。

 

「言論の自由」vs.「●●●」
立花隆、文芸春秋、p.262、\1238

2004.5.4

 例の週刊文春の出版差し止め事件に関する書。立花隆が週刊文春に執筆した記事を大幅に加筆して出来上がっている。週刊誌の記事も読んだが、改めて読むと、日本における言論の自由がいかに危機に瀕しているかがよく分かる。出版に携わる人はもちろん、一般の人にも読んでほしい書である。ところどころ裁判資料が挟まっていて読みづらい部分もあるが、読み飛ばしても大きな問題ではない。立花らしく、欧米の事情を取り上げるとともに、朝日や読売といった大新聞の記者をこき下ろしている(確かに社説はひどい)。言論の危機は、裁判官の問題と並び、実はジャーナリストの身内にあるという構図がよく分かる仕掛けになっている。ただ本人が「言論凍結の初期状態がはじまっているという危機意識に追われながら、私は猛然たるスピードで書いた。これほどのスピードで、これだけ中身のつまった本を書いたのははじめてである」と書いているように、論の進め方を急ぎすぎの感がある。引用の仕方が一方的にもみえる。

 

会社はこれからどうなるのか
岩井克人、平凡社、p.341、\1600

推薦!2004.5.3

 優れた本である。冒頭部分を読んで、すぐに「読む価値がある」気にさせる本はそう多くない。本書はその少ない1冊である。資本主義とは何か、会社とは何かをわかりやすく説いている。特に「目からウロコ」は、米国型の株主資本主義の発展と限界について、時代の流れのなかで位置づけているところである(著者は現在の資本主義を「ポスト産業資本主義」と呼ぶ)。なかなかの説得力をもって論を進める。ごく最近話題を呼んだGoogleのIPOに符合する部分も多い。Googleが株主に厳しい制限をつけた点と、本書が説く米国資本主義の問題とピッタリ合っている。それだけでも読む価値がある。著者自身の過去の論文に誤りがあった点をいくつか認めているが、それも学問に真摯の正対する態度といえる。著者は東京大学の経済学部長。「貨幣論」などの著書で有名である。本書も小林秀夫賞を受賞している。なお本書は、平凡社のPR誌のためのインタビューがベースになっている。そのため、経済書では珍しい「です・ます体」の文体である。

 

2004年4月

ポール・クルーグマン、三上義一訳、「嘘つき大統領のデタラメ経済」
早川書房、p.422、\2200

2004.4.18

 タイトルに騙されて購入し、あとで後悔する。こんな本は山ほど存在する。本書の書名も実に刺激的だが、内容はタイトルを上回るほど過激である。実に面白い。著者のポール・クルーグマンはプリンストン大学の教授で、ノーベル賞に近いといわれる経済学者である。その学者先生が、ニューヨークタイムズに週2回掲載したコラムを1冊にまとめたものが本書である。米国のジャーナリズムの懐の深さを実感させられる。とても刺激的で、示唆的な内容にあふれている。実に痛快な本である。リベラルを標榜する筆者は、超保守派で固めた現在のブッシュ政権をコテンパンにやっつけている。現在の米国で起こっている出来事は、驚くものだし、その裏事情は恐ろしい。米国も日本と五十歩百歩だという気にさせられる。こんなコラムを読めるニューヨークタイムズは幸せである。

 

橘木俊詔、家計から見る日本経済
岩波書店、p.213、\700

2004.4.11

 同じ岩波新書で「日本の経済格差」を著した筆者の新刊。「日本の経済格差」はデータを駆使しながらなかなか読ませる内容だったので、迷わず購入した。悪い本ではないが、残念ながら、ちょっと期待はずれだった。データを駆使する点は前著と同じ。数字に物を言わせて説得力をもたしている。ただタイトルの「家計から見る」というのが、ちょっと期待したのと違うかなという感じ。著者が、「家計」というタイトルを気にしながら書いている点は伝わってくるが、こだわりすぎて筆者の主張がストレートに伝わらなくなっている。

 

2004年3月

飯田亮、経営の実際〜8つの重要なポイント
中経出版、p.269、\1500

2004.3.31

 セコムの創業者である飯田亮の自伝。勝てば官軍という趣もあるが、なかなか面白い。月並みの経営者の自伝に比べれば、ずいぶん読ませる内容になっている。経営とは何かを八つのポイントに分類して説明している。エンジニアや技術革新に対する姿勢や見方など、ちょっと感心させられるところも多い。

 

伊藤雅俊の商いのこころ
伊藤雅俊、日本経済新聞社、p.266、\1400

2004.3.18

 イトーヨーカ堂の創設者で、現在は名誉会長の伊藤雅俊氏が日本経済新聞に執筆した「私の履歴書」を単行本にしたもの。連載に加えて、「忘れえぬ人々」「商売の要諦」などをまとめて単行本化している。All About伊藤雅俊といった感がある。履歴書とあって両親や兄弟の話といった生い立ちから始まるが、全篇を通して感じるのは商人(あきんど)としての伊藤雅俊である。人との出会いが、伊藤の人生にとっていかに大きな意味を持ったかがよく分かる(付録に「忘れ得ぬ人々」をつけたのも、その表れだろう)。派手さに欠けるが、地に足の着いた伊藤の考え方が本書の随所に表れている。自らの弱さ、失敗についても率直に述べており好感がもてる。なお鈴木敏文氏の「商売の創造」「商売の原点」に比べると迫力とスマートさに欠けるが、それも人柄ということだろう。タイトルには、鈴木氏の本を意識しているようにもとれる。

 

失敗の本質〜日本軍の組織的研究〜
戸部良一ほか、ダイヤモンド社、p.290、\2816

2004.3.14

 まさに名著である。ずっと本棚に置いておいたが、本当にもったいないことをしたと悔いてしまう。内容が実に濃い。少し読んだだけでも、ぐっと引き込まれる。本書はタイトルからも分かるように、日本軍の失敗を具体的に取り上げて、そこから教訓を導いている。事例として挙げているのは、「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」から「沖縄戦」にいたる六つである。いずれも、よく知られた戦闘ばかりである。本書は、この六つの戦闘から日本軍・官僚機構の失敗の本質と問題の所在を抉り出している。そのれにしても、あまりにも情けない日本軍の行状に唖然とさせられる。ただし、その中身はけっして目新しいものではない。いずれも現在にも十分通じる内容を含んでいる。最近の日本企業や官僚機構の失敗に通じるものが多い。太平洋戦争から日本は何も学んでいないことがよく分かる。昨年読んだ「リスク・マネジメントの心理学〜事故・事件から学ぶ〜」と並んで、お奨めの本である。

 

永田町:権力者たちの情報戦争〜政治家はこうして“消される”〜
伊藤惇夫、光文社、p.322、\1600

2004.3.8

 タイトルに引かれてつい買ってしまった。著者は自民党から新進党、太陽党、民政党を経て、民主党の事務局長を務めた人。現在は引退している。永田町における情報合戦を書き込んでいるが、ちょっと物足りない。もっと赤裸々で裏側の情報が出ていると期待して読み始めたが、それほどでもない。

 

新聞力
青木彰、東京新聞出版局、p.286、\1600

2004.3.5

 元産経新聞の記者で、フジ新聞社代表取締役だった青木氏による、新聞批評をまとめた書。東京新聞で2003年8月まで掲載された「メディア評論」の再録である。1990年から2003年までを含んでいる。そのときどきのトピックを新聞がどのように扱ったを取り上げ、批評する。苦言も多いが、高く評価している場合も多い。掲載紙である東京新聞と、出身母体であるサンケイ新聞に甘く感じるのは私だけだろうか。同じマスメディアの人間として、耳が痛いと同時に役立つ内容が満載である。初心忘れるべからずである。

 

2004年2月

無念は力〜伝説のルポライター児玉隆也の38年〜
坂上遼、情報センター出版局、p.415、\1700

2004.2.28

 「淋しき越山会の女王」を著し、一般には有名になった後に、あっという間にガンで逝ってしまった児玉隆也の足跡を追った書。「ガン病棟の九十九日」から死にまでの出来事は初耳だった。ルポライターとしての児玉に共感しつつ、キッチリ距離をおいて人物像を描く著者の姿勢は評価できる。ちなみに著者は放送局の記者ということだ。児玉の光文社「女性自身」時代の編集者としての活躍ぶりは、まったく知らなかったので非常に興味深く読んだ。三島由紀夫との付き合い、草柳大蔵など周囲のライターたちも魅力的に描かれている。ただし筆者は、フリー転向後の活動には疑問を呈している。大学時代に読み感銘を受けたルポ「イタイイタイ病は幻の公害病か」に対する疑問は、驚かされた。フリーの記者の難しさを感じさせられる。

 

一勝九敗〜ユニクロ、失敗してもかつ経営〜
柳井正、新潮社、p.239、\980

2004.2.26

 ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正(現在はCEO)が、ユニクロ設立を含むビジネスの体験を綴った書。タイトルの「一勝九敗」の「一勝」はユニクロの意味だと思われる。それくらい失敗続きのビジネス人生だったことが、本書を読むとよく分かる。失敗は成功の母というわけだ。コンサルタントに大枚払うよりは、お客からの苦情を分析したほうがましという記述もあり、思わずニヤとさせられる。現場を重視する姿勢は、イトーヨーカ堂の鈴木敏文氏とあい通じるところがある。本書の特徴の一つは、人との関わりや従業員との付き合い方について、かなり率直に書き込んでいる点である。会社が大きくなるにつれて個人商店時代の社員が離れていくさま、それに対する気持ち、逆にブランドとなった後に入社した社員とのかかわりなどが書かれている。ちなみに、現社長の玉塚氏の人物評は、「お坊ちゃんみたいで頼りないな」である。日本のCMやカメラマンに対して下す評価が面白い。

 

スクープ〜記者と企業の攻防戦〜
文芸春秋、p.210、\690

2004.2.16

 日経の社長を内部告発して有名になった、日経新聞のスクープ記者の手による「特ダネ」をとる秘訣。三菱銀行と東京銀行の合併、イトマン事件、佐世保重工業の救済劇、三光汽船の倒産劇といったスクープ記事の裏側を丹念に綴っている。特ダネをとるコツとして刑事コロンボの手法を挙げているのは、自らの経験に照らしても実によく分かる。同時に、雑誌記者と新聞記者ではずいぶん違うということもよく理解できる。もちろん現役の記者にとっては役立つ内容が多いが、一般の読者には記者という職業の面白さを知ってもらえる書である。

 

京都「菊乃井」大女将の人育て、商い育て
朝日新聞社、p.235、\1400

2004.2.13

 京都東山の老舗料亭「菊乃井」の大女将が、京都弁で語った書。不思議な雰囲気がある本である。どこかの書評に出たせいか、なかなか入手できなかった。それなりに面白い内容なのは事実だが、何週間も待つほどでは・・・という気がする。本書の魅力はやっぱり、はんなりとした京都弁だろう。京都弁を知っていると、それだけで「ああ〜、京都の香りがする」と楽しめる。日本語が持つ、言葉の優しさが伝わってくる。ちなみに本書のキャッチは、老舗料亭の伝統が築き上げてきた「人を動かす」経営術。ありがちなビジネス書としての位置付け。確かに歴史に裏付けられた京都ならではの教訓が随所に出てくるものの、多くを期待しないほうがよい。

 

虚妄の成果主義〜日本型年功制復活のススメ〜
高橋伸夫、日経BP社、p.1600、p.244

2004.2.9

 なかなか刺激的な本である。題名のとおり「成果主義」の抱える問題点を、めった斬りにしている。帯に書いてある、「成果主義の愚かしくも、無残な正体」「成果主義導入に関する重大な事実誤認」を説得力をもって書き込んでいる。著者の主張は、日本の人事慣行が実によくできていることを解き明かすことにある。そして、その対極にある「成果主義の幻想」を暴くところにある。特に、「日本型人事システムの本質は、給料で報いるシステムではなく、次の仕事の“内容”で報いるところにある」「給料で報いようとする成果主義によって、モチベーションが高まることはない」「できる人間、できない人間は、定量化をするまでもなく衆目が一致する」「成果の定量化では、周囲からの評価が低い下らない人間が高い評価を受け弊害が大きい」といったところに、著者の主張は収斂されるだろう。おりしも、青色発行ダイオードの発明者である中村修二氏に対する200億円支払い判決が下された。お金と仕事、成果、評価について改めて考えるうえで、一読して損はない本である。

 

戦争の科学
〜古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史〜

アーネスト・ヴォルクマン、茂木健・訳、主婦の友社、\3000、p.477

2004.2.4

 上記の書誌データを書きながら驚いた。値段の高さもそうだが、主婦の友社が発行元とは・・・。内容と出版社のイメージがかなり乖離している。内容は表題のとおり。古代から現代に至るまでの兵器の歴史を丹念に追っておる。科学や技術の進歩において、戦争の与えた影響がいかに大きかったかが、実によくわかる。冒頭に掲げられている、「戦争は万物の父である」というヘラクレイトスの言葉は見事にそれを言い当てている。同時に、悪魔の兵器に手を貸した科学者/技術者の良心に対して疑問を呈している。ただ堅い話ばかりではなく、エンタテインメントとして十分楽しめる本である。コンピュータが“計算機”から“プロセッシング”の機械に変化するキッカケとなった、IBMのエピソードなど、「へ〜」である。分厚本だが、文章がこなれていることもあり、さほど苦にならない(持ち運びには難だが)。

 

2004年1月

かもめが翔んだ日
江副浩正、朝日新聞社、\1800、p.294

2004.1.28

 リクルートを創設した江副浩正の自伝。リクルートというユニークな会社の成り立ちや、森ビルとの関係(リクルートは、森ビル発祥のビルの屋上にあった物置小屋で生まれる)、安比高原スキー場、財界人との交流と、なかなか面白い話がちりばめられている。江副が犯した多くの失敗についても、率直に語られている。「いま思えば、私は雑誌や本を読みすぎ、そこに書かれていたことを過信していた」といった下りは、いかにもこの人らしい。ただし、多くの人が興味をもつだろう「リクルート事件」に関しては、あとがきに「まだ時期尚早」と書かれている通り、ほとんど記述がない。「リクルート事件」を期待してこの本を買うと失敗する。ダイエーへの株式の譲渡にまつわる記述も、物足りなさを感じさせる。

 

淋しき越山会の女王、他6編
児玉隆也、岩波書店、p.317、\900

2004.1.17

 若くして亡くなった児玉隆也の代表作を集めた文庫本。田中角栄の金脈というと立花隆がまず出てくるが、実は児玉の「淋しき越山会の女王」が果たした貢献は非常に大きい。本書のあとがきを書いている柳田邦夫のように、児玉が立花を上回っている評価も少なからずある。早く死んだために、忘れられている面がある(ただ、最近になって評伝が出ている)。立花が調査報道という形態を取り、公表された膨大な資料を積み重ねて真実に迫るのに対し、児玉はあくまで足で稼いだ取材をメインにおく。文体は児玉はかなり個性的で、好き嫌いの分かれるとことだろう。田中金脈を扱った文芸春秋が発売されたのは、ちょうど高校3年生のとき。書店にあったのは覚えているが、なぜか買わなかった。後になって親父に言われて買いに行ったときには、売り切れだったことを、よく覚えている。その後児玉の記事を読み、非常に感銘を受けたのが本書に収められている「チッソだけがなぜ」「ガン病棟の99日」である。「イタイイタイ病」のルポも忘れらない作品である。

 

プロフェッショナルリズムの覚醒
〜トランスフォーメーション・リーダーシップ〜

倉重英樹、ダイヤモンド社、p.211、\1600

2004.1.8

 日本IBMからプライスウォータハウス・クーパース(PWCC)に移り、PWCCがIBMに買収された結果、再びIBMに戻り、さらに、この1月から日本テレコムの社長になった倉重氏による経営論、ビジネスマン論、プロフェッショナル論である。内容的には、そこそこ面白い。著者紹介や帯は、古い肩書きで出ている。出版されて1カ月足らずで、著者の肩書きが大きく変わったが、転職の理由がそこはかとなく書き込まれている不思議な本である(もちろん“明”に書かれている訳ではない)。読んでいると、思わずニヤリとさせられる。特に最終章は、転職する自分を鼓舞するような内容になっている。ここだけ読んでも十分に面白い。本書はIBMからPWCCに転職した筆者が、瀕死の状態だったPWCCをITを十二分に活用することと、組織マネジメントの工夫で再建した過程を綴っている。コンサルティングというかなり特殊な業態についての話だが、サービス業にとっては役立つ内容といえる。

 

クライマーズ・ハイ
横山秀夫、文芸春秋、p.421、\1571

2004.1.6

 警察小説の雄・横山秀夫が新聞記者を題材に選んだ小説。ミステリーと言えるような言えないような本である。群馬県の御巣鷹山に墜落した日航機事故を題材にしている。マスコミに身をおく人間として、「あるある」と親近感を感じる小説である。週刊文春でミステリー1位に選ばれただけの内容である。

 

65〜27歳の決意・92歳の情熱
日野原重明+乙武洋、中央法規、p.234、\1200

2004.01.02

 タイトルの「65」は、日野原の92歳と乙武の27歳の差を意味する。とにかく登場人物の組み合わせで売りたいという編集者の意図が透けて見える本である。残念ながら格が違いすぎて、両者の話は正対していない。日野原が懸命に助け舟を出して、乙武から話を引き出そうとしている。対談(インタビュー)としては、かなり苦しい展開である。どこかの本に、「日本のスポーツ選手は、エピソードは語れるが、哲学は語れない」とあったが、スポーツ・ライタを目指す乙武も同じである。残念ながら哲学を語れる日野原との差は大きい。これは乙武の問題というよりも、日本人として普通なだけなのだが。こういう意味で驚いたのは、大リーガーのランディ・ジョンソンである。日本のTVのインタビューに答えて、確かに「哲学」を語っていた。日本のプロ野球選手とのレベルの違いはすさまじい。大リーグと日本球界の差は、けっして技術だけではない。

 

横田英史(yokota@nikkeibp.co.jp

1956年大阪生まれ。1980年京都大学工学部電気工学科卒。1982年京都大学工学研究科修了。
川崎重工業技術開発本部でのエンジニア経験を経て、1986年日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。
日経エレクトロニクス記者、同副編集長、BizIT(現IT Pro)編集長を経て、2001年11月日経コンピュータ編集長に就任。
2003年3月発行人を兼務。2004年11月、日経バイト発行人兼編集長。
記者時代の専門分野は、コンピュータ・アーキテクチャ、コンピュータ・ハードウエア、OS、ハードディスク装置、組み込み制御、知的財産権、環境問題など。